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京大漫トロピーのブログです

【12/10】誕生だァ!

どうも、ひじきです。

今年のアドベントカレンダーも10回目、クリスマスまで2週間、年の瀬まで3週間、後期はいっちょ"本気”出しちゃいますか……などと言っていた頃からはや2ヵ月。最近妙に時の流れが速い。なにもしないをすることばかり上達しているし、寝て起きたら1週間くらい経ってる気がする。そういえばつい数年前放送だと思ってたアニメが10年前だったりすることも増えた。「老化」してるって……コト!?『スナックバス江』でタツ兄が語るおじさんあるあるに少しづつ共感できるようになってきた自分に恐怖を覚える今日この頃。2年前が2021年って全然ピンと来ねぇ。

さて、アドカテーマは「誕生」。このテーマに関連する漫画について好き勝手書けとのこと。書きづらそうで書きやすい少し書きづらいテーマだが、特定層ならば秒で思いあたる漫画とコマ、台詞がある。
それがこれ。




このラリっている白髪の男はアルフレド・E・ハウスマン。web漫画『胎界主』の登場人物であり、ほぼ単話のみの活躍にも関わらず読者に強い印象を残すキャラクターである。彼が登場する23話を軸にこの漫画を紹介しよう。

『胎界主』の作品世界では、魔王と呼ばれる超常の存在が世界を陰から支配している。魔王は人間だけが持ちうる「たましい」を持たないため創造行為ができず、そのため人間と契約し手駒にすることで勢力を伸ばしてきた。そんな魔王たちの派閥争いや敵対勢力の陰謀に、主人公・凡蔵稀男は巻き込まれていく……というのが『胎界主』1部のざっくりとしたあらすじだ。

主人公の凡蔵稀男(ぼんくらまれお)。彼に限らずアレなネーミングが多い。

そして23話。魔王メフィストフェレスが稀男を手駒に加えるために召喚したのが、稀男の前世*1であるハウスマンだ。肉体とたましいの主導権を巡って稀男とハウスマンは戦うことになり、2人が対峙した時ハウスマンが発したのが先ほどの台詞である。以下フルバージョン。

ウハハハハハッ!最高だ!
生きているというのはそれだけで総ての死者に君臨する王の気分だッ!
なにが教師だ馬鹿馬鹿しいッ!こんなド田舎三日で飽きるに決まっておる
ワシはまた返り咲くぞ 胎界主なんだッ!
あらゆる問題を克服し世界と人生を創造する力を持っておる
胎界ブツと違って本当に生きるという事を知っとるんだッ!

誕生だァ!胎界ブツ共よ新たな胎界主の誕生を祝福するがいい!
バースデーケーキがロウソクで埋め尽くされるまで人生をしゃぶりつくしてくれるわ!

それまでの落ち着き払った老紳士のような振る舞いをかなぐり捨て、ハウスマンは捲し立てる。
彼は生前、魔王直属組織の副総裁として絶大な権力を振るっていた。その彼が再び現世へ戻り生への執着を迸らせているというシーンなのだ。陶酔感と自信に溢れた、己が世界の中心と言わんばかりの台詞回しがなんとも心地良い。

稀男とハウスマンは同じ能力を持つ。それが12話のサブタイトルでもある「運ぶ力」だ。運(マナ)を操作して、事態を望んだ方向へ「運ぶ」ことができる。大局的な事態の操作のみならず、局所的に蓋然性事象を狙って引き起こすこともできる。たとえ0.001%でも起きる可能性があり、彼らが自由意志で願うなら、その望みは実現する。その気になれば適当に引いた宝くじで1等なんてことも余裕なのだ。

めだかボックス』でも見たやつ。

ではこんな能力を持つ人間はあらゆることが順風満帆で、満たされた人生を送っているのだろうか?

稀男との運(マナ)を使った銃撃戦は終始ハウスマン優位に思われたが、稀男の策により一手で戦況が覆り決着。膝をついたハウスマンはこう漏らす。

もういい
もうこりごりだ
なにが教師だ馬鹿馬鹿しい
どうせすぐに飽きて同じ一生を繰り返すに決まっとる
もういい……一度でたくさんだ

ハウスマンは「運ぶ力」を駆使して権謀術数渦巻く世界に生き、成り上がってきた。重要な選択を外さず、強敵とは遭遇自体を回避し、すぐに首が飛ぶトップではなくNo.2であり続けた。一般人からすると満たされた人生のように見えるが、能力にかまけて試練と向き合わず、自らの創造性に対して怠惰であった彼の心にはどうしようもない虚無感が巣食っていたのだった。2度目の生を受けたところで同じ轍を踏み、また虚ろに生きることを悟ったハウスマンは最期に稀男の手を握り、微笑みを浮かべて朽ちる。


「胎界ブツ*2と違って本当に生きるという事を知っている」と語ったハウスマンもまた、本当に生きるということを知らなかった。そんな彼が稀男との再戦と人生への再挑戦でなく「諦める」という選択をして塵となったのはある種絶望的であり、救いでもある。僅か1話で彼の渇望と苦悩が描かれ、死後から振り返る形で彼の人生が美しく完結したこの23話は『胎界主』1部でも屈指の名エピソードである。

最後にリンクを貼って締めとさせていただく。『胎界主』は2005年から個人サイトで連載を続けているWeb漫画で、いつでも全話無料公開されている。読みづらさに定評のある本作だが、全話読み切った時あなたのたましいは歓喜に打ち震え、「なんて素晴らしいんだろう」と新しい自分の誕生を言祝ぐだろう。

www.taikaisyu.com

*1:厳密には「傀」という似て非なる概念だが省略。

*2:稀男やハウスマンなどの特別な人間「胎界主」に付き従うことしかできない者への蔑称。