mantrog

京大漫トロピーのブログです

【12/5】性の聖性についての省察

 漫トロピー新規副会長となりました、一回生の蔦屋と申します。以後よろしくお願いします。
 さて、今年も「聖なる夜」、またの名を「性なる夜」Christmasが刻一刻と近づいてきました。従ってアドベントカレンダーのテーマの解釈ですが、王道の「聖」「性」について考えてみたいと思います。というのも、性的な文脈(Twitterでいう「センシティブ」ではなく、もっと広義の)においてしばしばそれらが聖なるものとして美化して語られている(あるいは私が語っている)ように感じることがあるからです。本日はこの点について、極めて主観的な省察をしようと思います。
 ほんの少し身の上話をすると、最近Twitterで呟き始めました。あれがなんとも不思議な気分で、私は元来自分のことは覆い隠していたい性質なんです。だから当然自分の呟きは誰にも聞かれたくないし、以下の文章もできれば読み飛ばしていただきたい。……とは言いつつみんなが私を少しでも知ってくれることを考えるとそれはそれで快感なんです。これはもはや精神的露出狂ですね。とりあえず今日のところは若輩の戯言程度に聞いていただければ嬉しいです。

 本題に戻ります。最近、自分はロリコンなのでは?と思う瞬間がたまにあります。それは自分の文学的嗜好を省みた時です。私の好きな漫画をここで紹介しておくと、『のんのんびより』『よつばと!』『干物妹!うまるちゃん』『炎炎の消防隊』『放課後ていぼう日誌』などです。いずれも言わずと知れた名高きものではありますが、あえて共通点を見出すとすれば……Mädchen! 女の子なんですね。女の子たちが純粋。清廉。無垢。私はロリコンを、その無垢さゆえにあどけなき少女に心をときめかせる存在だと思っているので、私は自らのロリコンの範疇に入ることになります。そして我が家(ここでは真の意味で)ではロリコンは異端審問の対象になるので、いつバレるかと戦々恐々としているのです。
 以前、ひょっとしてこれはまずいことなのでは?と思い、ロリコン(以下、紳士)についてpixiv百科辞典ニコニコ大百科で厳正に調査をしたことがあります。そこで知ったスローガンがこちら。
「Yes!ロリータ No!タッチ」
 私は今のところこれを叫ぶほどの情動を心に萌したことはないのですが、いざという時の自決用の毒薬として常に首からぶら下げています。ところでこの言葉からは、紳士たちがロリータという欲求の対象を不可触なものとして、禁忌の領域に置いていることを見てとれます。彼らはロリータを神聖視しているとも言えるでしょう。
 ここから少し真面目な話になりますが、なぜ紳士が白い目で見られる風潮にあるのかという問題について、その嗜好が犯罪に通ずるからとは単純には言えません。なぜなら性犯罪は年齢差のある関係に限らず起こりうるからです。紳士がその他の嗜好に対して決定的に問題なのは、対象であるロリータに十分な判断能力が備わっておらず、欲求が実体化したならば力関係が必ず非対称になってしまう点だとされています。つまり、正しい性的関係には「対等な合意」が必要であるといえ、これは精神の問題になります。こうした社会的通念の中、実現しない恋にひとしきり悩んだ紳士から、「十分に判断能力を備えたロリータならば、愛でても問題ないではないか!」という発想が生まれます。これを可能にするのがロリババアです。彼女たちは外見的には無垢にもあどけなさを残しつつ、精神的には豊富な経験を積んできたのですから。この感覚はそれなりの賛同を得るでしょうが、一定数の紳士は精神的無垢の喪失をもって「もはやロリータではない。」と主張するでしょう。(私はロリババア推奨派です。)

 ここで今回のテーマ、性の聖性を論じたいのです。手始めに私は、紳士らの訴えに対してこう言いたい。私たち紳士から見えている大抵の少女像はロリババア的だ、と。これについては『のんのんびより』の少女たちが明らかに年相応の知能と機転を超えていることが例として挙げられます。

f:id:mantropy:20211205185749j:plain
かわいすぎる、が…… (『のんのんびより』2巻より) 

 方法論的にあえて逆の立場から論じるとすれば『鬼滅の刃』のキャラクターたちが挙げられます。本作における男性キャラたちは大変魅力的です。真面目で家族思い、正義感に溢れているが天然の炭治郎。臆病で劣等意識を持つが、いざと言うとき頼りになり女の子には積極を極める善逸。美しい容姿でありながら盲目的な戦闘狂でやがて情に厚い一面を露わにする伊之助など、多様なキャラの溢れる魅力に作品人気が裏付けられていることは疑う余地がありません。しかし人格的リアリティに関して言えば、「鬼滅」は仙人たちのコンツェルトといえます。等身大の青少年は、正義と友情であんなに一意専心、百折不撓を体現できるはずがありません。

f:id:mantropy:20211205185913j:plain
仙人のごとき言葉の重み (『鬼滅の刃』10巻より)

 本当の青少年はいい意味でもっと短絡的で卑小で怠惰だと言ってしまいたくなる。これに比べるとまだ女性陣の「添い遂げる殿方を見つける」や「姉を殺された復讐」の方が現実味があります。多少ゾッとはしますが。この漫画では、男性が聖なる性、ショタジジイとして描かれており、対して女性は多少リアルなのではないかと思います。これと同じことがおそらく大抵の少女および女性像にも起きているのではないでしょうか。すなわち大抵の少女および女性像は、彼女たちがあの年齢では到底到達できない、愛でたき性質を備えているのではないでしょうか。
 しかもこれは既婚者、未婚者の作品に関わらず言えることではないかと私は感じています。というのも今、授業で夏目漱石の文章(『彼岸過迄』)を読んでいるんですがやはりこのような女性像を反映しているんです。しかし彼はやはりすごくて、女性が永遠の謎であり、魔性であり、男性には決して核心に触れられないものだと分かった上でその技巧に翻弄される男たちを描いています。これは彼の文学者としての素晴らしき素直さと洞察だと思います。ただ、既婚者の漱石ですらこの調子であり、また多くの既婚漫画家も同様だろうと思うので、男性にとって女性像は聖なるものになる必然性を含んでいるといえるのではないでしょうか。そしてその逆もまた然り(というのは私の女性像ですが)。異性の認識とは聖性を備えざるを得ないものである気がします。
 大抵の人は、自分はこの聖性に自覚的だと言うでしょうし、実際大きな問題がない程度にはわきまえているのでしょう。しかし、聖性は理性の枠に収まらないからこそ聖性たるのであって、実は気を抜いた瞬間に恐るべき事態を招いているのかも知れません。例えば、「同性がやっているとムカつくけど、(かっこいい、かわいい)異性が同じことをやっていると許せてしまう」と感じる機会は意外によくあると思います。極論で言えば、ヒトラーを女性として描いた小説でも読めば、私もヒトラーに同情的になってしまうかもしれないし、それが私の総合的ヒトラー像に影響を及ぼさないとも限らない。正直に言ってこれは避け難いことだと思います。異性は聖性を備えながら、理性を超えて認識そのものを歪めてしまうことさえありうるのです。
 さて、結論ですがまず我々は、異性は根本的に聖なるもの、無限の努力の先にも辿り着けるかどうかわからないものであることをはっきり認めなくてはなりません。さもなくば、わきまえのない紳士たちのように、この歪で不可解でされど美しい等身大の世界を聖なる世界に押し込めた末、その罪を償う羽目になりかねません。しかも十分に聖性を自覚した上でなお、聖性による世界の歪みを覚悟しなくてはなりません。ここまでくると、もはやまともに異性と喋れる気がしませんね。
 ……ということで聖なる夜は性なる夜などではなくて、性の聖なることを孤独のスパイスとともに噛み締める楽しい夜にしましょう!\(^o^)/

 と、己の非リアなることと、それゆえのルサンチマンとを盛大に暴露したところで本稿の結びとしたいと思います。それでは皆さん、良い年末をお過ごしください。

【12/4】内容がないよう

おしおです。最近爪にバイターストップを塗るようになり、食べるもの全てが苦味にあふれるようになりました。
ということでやっていきます。

今回のアドベントカレンダーのテーマは「セイ。」ということで、ぜんぜん日和らずに性の話しでもしようと思います。
テーマを見た時にみんなのオススメ性欲コンテンツが聞けるって思ったけどそこまで甘くなかったです。

性といえばセックス、セックスといえば最悪であればあるほど良いと言われていますが、
この2021年で1番高密度で最悪なセックスを食える漫画といえば?

そう、
少年のアビスですね。
www.amazon.co.jp


磯野〜〜!少年のアビスの好きなヒロインの話しようぜ!

というのが今回の主題と言っても過言なのですが、この作品は最悪の五等分の花嫁と一部から名高いことからわかるよう、とても良くできたラブコメディであるわけです。
かんたんに作品のあらすじを話すと
クソ田舎村風習にとらわれて出れない人間達の足引っ張りあいメンヘララブコメディ
田舎出身の友人は心に傷を負って読めなかったので、心臓に悪い方、田舎から出てきてそれにコンプがある方にはおすすめしません。自分の傷をえぐられて作品に昇華されると気持ちよくなる倒錯した方には大変おすすめします。


個人的にこの漫画だけでなくラブコメ全般の楽しみ方はヒロインレースを馬券買いながら騒いで読むことだと思ってるのですが、その点でこの漫画はメンツが異様。
ヒロインの中に実母がいる…

f:id:mantropy:20211205000858j:plain
そんなことがあるかよ

もう怪獣大合戦だよ……

最終ヒロイン実母に負けない色々なヒロインが出てくるので、
強い属性のやべーメンヘラ女が好きな人はマジで一度読んでみてほしいです。

f:id:mantropy:20211205001828j:plain
こういうのに共感すること、かなりある。

自分は田舎産まれではないのですが、絶対田舎がリスポーン地点だったら人生が更に詰んでいたので田舎のことをクソ田舎村だと思う節があります。
上の画像の女性は29歳女性教師なのですが、
「田舎で楽しく生きていて大人として成功しているように見えるキャラクター」
からあふれる負の感情が見事
f:id:mantropy:20211205003016j:plain
こういうこと、あるある〜!(メンヘラあるある)





やべ〜性の話をしていない……
自分だけのものじゃないブログに載せることをめちゃくちゃ日和ったのですが、出てくる女全員セックスシーンがある!多分。
個人的には母親が他の男と寝ているシーンや他のヒロインと寝てる
ような気配があるシーンがあるのでそこがめちゃくちゃ好きです

もういったい何を言ってるんだ……


あとこの作者さんの女体の書き方が本当に魅力的で大好きなので、それを目当てに読んでみてほしいです。

f:id:mantropy:20211205002444j:plain
サンプルに神作の前作のものを載せます

逆に少年のアビスはもう読んだよって人いたら初恋ゾンビ(前作)をおすすめしたい。可愛くて明るくてこちらは正統派ラブコメです。


最後に一番好きなヒロインを紹介して終わろうと思います。

f:id:mantropy:20211205003447j:plain
かわいい〜〜〜!

こういうサブキャラっぽい負けヒロイン1番好きなんですよね。
主人公のことを大切に思っていればラブコメにおいて性別なんて関係ないことがわかります。セイ。だけに…

では良いクリスマスを

【12/3】言ってることがフワフワしてるのはロクに勉強してない+本を読んでいないせい。

ほぼ冬眠中、むぅです。
テーマが「セイ。」らしいので、「所為」でいきます。

「所為」というのは「そうなった原因・理由」を表す言葉ですが、私たちは普段の生活で数えきれないほど「○○は何のせいなのか」ということを考えると思います。
「眠いのは昨日の夜遅くまで課題をしていたせいだ」とか、最もそれらしいものを原因として設定することが多いです。
難しいことは私にはわからないのですが、過去→現在→未来、原因→結果という一方向に進む世界に生きているのだから当然といえば当然なのかもしれません。

そのような思考様式が染み付いてるせいなのか、原因のわからないものを人は恐れたり、それに無理やり何かしらの原因をあてはめたがるような気がします。
例えば、凶悪事件の報道などで「犯人は○○に影響された」(○○にはアニメやゲームや、不健全とされているものが入る)と言われることがありますが、これは「原因のよくわからない怖いもの」を自分が理解可能な形に落とし込んで、とりあえず不安を解消しているのではないでしょうか。
どうにかこうにか、それらしい理屈付けをする様子は見ていて面白くもあります。
良く言えば「想像力が豊か」です。

一応漫画読みサークルの記事なので漫画と関連付けると、漫画では「○○は何のせいなのか」により一層過敏になるような気がします。
「なんとなくそうなっている」ということがあまり許されない、言ってみれば読者の想像力によって縛りを受けるのではないでしょうか。
例えば、キャラクターが単なるイメチェンで散髪するのはダメで、失恋のような強い理由が必要になる、みたいな。
(今調べたら文学のルールで「チェーホフの銃」というのがあって、それになんか似てる。勉強してなさすぎて知らなかった。)
これはストーリーの展開に関する縛りですが、キャラクターデザインや背景など、小説等よりも読者に見える部分が増えるせいで、様々なことが勝手に「伏線だ!」と受け取られてしまう恐れもあります。
そのような意味で漫画は不自由な面があると言えます。

とはいえ、悪いことばかりではなく、そのような読者の想像力が良い方向に働くことももちろんあります。
それは、描いていないことも読者にわざと想像させることで物語やキャラクターにより深みを持たせることができる、ということです。

例として『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース』の以下のシーンを挙げます。

f:id:mantropy:20211204003208p:plain
出典:『ジョジョの奇妙な冒険』16, 荒木飛呂彦 , 集英社文庫(コミック版), 2002

これは、ラスボスであるDIOの館に主人公一行が乗り込み、味方のポルナレフDIOが対峙した際に、ポルナレフが階段を上ってDIOに攻撃しようとしたはずなのに、DIOの能力によって気づいたら階段を下りていたというシーンです。
ここではDIOスタンド能力の恐ろしさが表現されているのですが、彼のスタンド能力(超能力みたいなもの)は時間を止める力であって念動力のようなものではないので、彼が時間を止めてから、わざわざ自分またはザ・ワールド(スタンドという、超能力が人型に具現化した存在)が階段を下りて行って、ポルナレフを運んで一段下ろして、また元の場所に戻って不敵な笑みを浮かべているということになります。
このように、間のシーンは描かれていないものの、結果(ポルナレフが階段を降りていて、DIOの定位置が変わっていない)から原因を想像することによって、DIOの能力の恐ろしさに加えて「DIOは自分の演出に余念がないお茶目さんである」ということに読者は気づくことができます。これによって、DIOというキャラクターにより深みが出ているのではないでしょうか。
また、上記のシーンはあるキャラクターの1アクションの例に過ぎないですが、「顔の傷」「とある戦いへの参戦経験」「ペンダント」みたいな要素を、セリフやエピソードとして描かずとも、シーンの中に散りばめるなどすれば、「このキャラクターには○○な過去があったんだ!」と読者に想像させることも十分可能になり、そのキャラクターにバックグラウンドを与えることが可能になります。

まとめると、「○○は何のせいか」という形で働く想像力は漫画の世界において、『「ただそうなっているだけ」であることを許さない』という意味でキャラクター造形などに関する表現の幅を狭めるというデメリットがある一方で、うまく誘導することができれば、さりげなく裏設定のようなものを示すこともでき、キャラクターの人格や人生をより生きたものにできるというメリットもあると言えるのではないでしょうか。

もう十分文字数が稼げたと思うので、そろそろ終わりたいと思います。

そうそう、なぜさっき『ジョジョの奇妙な冒険』の話を出したのかといえば、それは第6部『ストーンオーシャン』がNetflixで12月1日に一挙配信されて、それを少し観たせいだと思います。
一気に見ると味気ないので、一日一話までと決めてコツコツ観ているところなのですが、やっぱりワクワクしてついつい続きを観そうになってしまいます。
ところで、さきほど『漫画では「○○は何のせいか」に厳しくなるのではないか』と言いましたが、ジョジョはそこを平然とぶっ壊していきますね。
キャラクターの見た目も行動も割と変わります。
面白くて勢いがあれば多少無茶苦茶でも気にならないんですかね。

まあ、なんでもいいんですが。
これから3話を観るので、この辺でさようなら。


追伸
なんか全体的に文章がフワフワしているので、ちゃんと勉強して機会があればしっかりまとめてみたいです。

【12/2】ごめんなさい。

ラマです。今日は授業の発表がありその確認作業に追われていました。加えて暇な時間はダイパキッズとしてしっかりポケモンに取り組んだ結果、この文章を書き始めるのが本日の夜となってしまい非常に慌てています。この記事が読みにくく、画像もなく、更に投稿日時が12/3になっているのは、まあつまりそういうことです。計画性がないとグループに迷惑をかけることになります。これから文章を書く1回生はこうはならないようにしましょう。

テーマは「セイ。」ということで何を書こうか考えましたが、ふざけようとしても読むに堪えない文章になるのは目に見えているので、真面目に書いていくことにします。「セイ」は「省」と書けますので、神作家・堀尾省太に関してということで。

堀尾省太の長期連載作品は現在2つのみで、一つは現在モーニングtwoで連載されている『ゴールデンゴールド』(先日新刊が発売されました、皆さん買いましょう),もう一つも同雑誌から『刻刻』。

どちらも私の大のお気に入りの作品ですが、その魅力を一言で言えば「身近な恐怖」の描き出し方がうまい、となります。早速見ていきましょう。

まずは初連載となる『刻刻』から。あらすじとしては主人公・佑河樹里の親族が誘拐されたこと受け、祖父のじいさんが佑河家に伝わる止界術を発動、世界の時間を止めて救出に向かう。しかしその術を狙う「真純実愛会」に襲われて……、となります。これを見てわかるかと思いますが、本作は本格的なホラー作品ではなく人間の恐さが主題となっています。これだけなら割とよくある話ですが、これを「宗教」と結び付けていることは特筆すべきでしょう。宗教は絶対者への畏敬の念というものが根底にありますが、我々が「宗教」と聞いてまず思い浮かべるのは①キリスト教,仏教,イスラム教に代表されるような代表的な信仰の総称。②規模に差はあれど、カルト的な側面を持つ新興宗教(本来この語にカルト要素的な意味はないが)。の2つでしょう。言うまでもなく物語に登場する「真純実愛会」というのは後者に該当しますが、こうした新興宗教に分類されるものは不気味、というイメージを伴います。その理由として考えられるのは、構成員は我々と同じ人間(新興宗教という文脈で語られるとき、舞台はほぼ日本なので国籍も同じとする)であるにもかかわらず、その考えや行動原理の理解が困難であるから。宗教勧誘などが身近な例。……といったところでしょうか。要は日常に得体の知れないものが入りこむ、という点に集約されます。この物語において「非日常性」を伴う存在は2つあり、1つは「止界」、もう1つは「真純実愛会」です。この「真純実愛会」という、主人公の世界に対する外部的存在を「止界」というもう一つの非日常的状況が内包するという二重構造は、我々を限りなく非日常に接近している日常に誘うのです。「非日常に接近している日常」というのがミソで、前者の構成員は主人公たちと同じく人間であり、後者も時が止まっていたり異形の存在がいたりしますが、舞台自体は主人公たちが普段住んでいる住宅地です。すなわち普段なら「日常」の構成要素であるはずのものが「非日常」を形成しているということですね。これが一つでも欠けると一気にファンタジー作品になります。こうした現象は一般的なホラー作品によく見られ、ホラー表現を人外要素に依拠する形で描写しようとすると、リアリティが感じられず、どこか他人事のような感情しか生まれません。一方で私がかつて読みふけった旧2ちゃんねるにおけるホラー名作スレ、「リゾートバイト」や「リアル」,「危険な好奇心」等に代表される作品は人間の狂気に怖さを求める傾向があり(要検証)、「一番怖いのは人間」という言葉は的を射ていると個人的には思っています。

ゴールデンゴールド』についてはどうでしょうか。あらすじとしては主人公・早坂琉花が海辺で謎の置物を拾い、それを山の祠に祀って祈ったところ置物が動き出す。そして少しずつ彼女の日常がその置物――「フクノカミ」――によって浸食されていく。……となりますが、この作品の肝である「フクノカミ」は『刻刻』における「真純実愛会」であることはすぐにわかりますね。「フクノカミ」が寧島の人々を操作?してもそれが自然と受け入れられていたり、元々置物だったので信仰対象であった可能性が高かったりと、一種の宗教的性質を帯びていそうですね。では世界観の非日常性についてはどうなのかということですが、勿論ちゃんと描写されています。そう、主人公たちが物語以前まで過ごしていた、彼女らの想起する「普通の」寧島のことです。さてここで一つの疑問が湧くことでしょう、すなわち「その『普通の』寧島はすぐに『フクノカミ』に浸食されて非日常性を帯びるが、果たして身近に感じられるのか」というものです。『刻刻』の舞台である一般的な住宅地に関しては、おそらく読者の過半数がああいった環境に慣れ親しんでいる筈なのであまり問題にはなりませんでしたが、寧島のような過疎化,孤立した環境で過ごしたことのある人間というのは限られてくるので、今回取り上げました。結論から言いますとそんなことはなく、我々にもそうした情景を想起することは可能です。寧島の所謂「田舎」の描写というのは、かつて日本での一般生活形態であった農村を彷彿とさせますが、地理的な集合的記憶の一種として我々は認識します。すなわち、実際は住んだことがなくてもどこか懐かしさや親近感を覚え、非日常と比較したうえでの「日常」に組み込まれていくのです。これは「日常系」と呼ばれる作品群にもよく用いられており、例えば『のんのんびより』はその典型例です。舞台はド田舎ですが、そうした場所に無縁であるはずの我々でも容易にその情景を思い描き、キャラクターに感情移入することができるはずです。

また両作品は展開も似ています。……ってことを書こうとしたんですが、時間がもうありません。物凄く要約すると「日常」が「非日常」を克服したように見せかけて、実際は「非日常」が「日常」の中で依然として存在しているみたいな感じです。本当に申し訳ございませんでした。
続き、というか堀尾作品のホラー表現に関する考察は春会誌に書きたいですね(遠い目)。

【12/1】静かな漫画

会長と前会長の間にいる146Bです。会長やってたの半年と少しくらいだったので、短いものだなと少し思いました。いえ、継続してやりたいわけではないんですが。
近況は会誌をなんとかギリギリ間に合わって以来、抜け殻になってしまい、このままではいけないととりあえず美少女ゲームやりました。かなり楽しく、さらに積みゲーを買ってしまい、時間が足りない限りですね。

というわけで今年もアドベントカレンダーをやっていきます。テーマは「セイ。」
解釈自由らしいので私は「静」でいきます。

この作品を連載している森下suu先生は原作担当と作画担当で分かれている2人組の作家です。この作品より前はマーガレットで『日々蝶々』や『ショートケーキケーキ』という作品を描いていました。女の子がとても可愛くてとても好きです。

というわけで内容の方に行きます。
基本的には試し読みできる1話を追いながら、この作品の特徴をさらってくという形式です。

主人公の雪が電車で外国人に話しかけらるのですが、彼女は耳が聴こえないため何を質問されているかわからずに困惑しているところを銀髪の大学生に助けられます。
彼は雪が耳が不自由であることがわかっても、とまどわずに接し、電車での別れ際に「また」と言って去ります。雪はそんな彼に興味を持ちます。

雪の友人が、その助けてくれた彼のことを知っていて、「逸臣」という名前であることを教えてくれます。
逸臣の連絡先を聞きに、彼がバイトしているカフェに行こうという話になります。

f:id:mantropy:20211201230924p:plain

筆談と手話を交えながらの会話ですね。フキダシの中は雪が唇を読み取った内容です。ちょっと文字が薄くなってる。

そんなわけでカフェへゴー!

f:id:mantropy:20211201231338p:plain

楽しく会話できてる雪ですが、そのカフェの中に来る外国人にも慣れた感じで接客する逸臣を前にして、連絡先を聞く勇気をなくしてしまい、そのまま帰ることに……

と思ったらそのタイミングで逸臣もバイトが上がると言って、雪を送ってくことになります。

その帰り道で勇気を出して連絡先を交換できました。
その後にちょっとメッセージでの会話

「世界は広いですか?」

「すげぇ広い」
「俺を雪の世界に入れて」

f:id:mantropy:20211201231731p:plain

腕で大きな丸を作って返します。
声を介さない会話で、音があまり使われないながらも、感情の揺れが表現されています。というか、主人公の女の子可愛くない??

主人公から見る世界は、体で感じる振動や動作から出てくるといったもの以外の効果音がなく、会話も相対しているキャラ以外のは見えません。そういう静かな中で、どのように感情が揺れ動き、どのように世界が広がっていくのか。そういう繊細な漫画です。画面からコミュニケーションを読み取り、感情を汲み取っていくたびに、ちょっとした変化を見出せて嬉しくなるような、そんな作品です。

自分とは違う世界を描く漫画を読んでみませんか?

「あたらしい結婚生活」読め

 京都大学公認の「漫画を読む」サークル、京大漫トロピーのシチョウです。突然ですが、今年の京大漫トロピーの総合ランキング第2位の漫画をご存知でしょうか。そうですね!『あたらしい結婚生活』ですね!本稿ではこの漫画の魅力をたっぷりと語っていきたいと思います!

はじめに
 まず僕がこんなマイナー漫画を何で知ったかの話からします。僕がこの漫画を知ったきっかけはお笑いコンビ「ニューヨーク」のyoutubeの「【マンガ大好き芸人】ニューヨーク屋敷が今オススメする漫画3選」です。個人的にもともとニューヨークのネタが好きで、また屋敷の漫画趣味にかねてより注目していたので(岩井より山内より川島よりいいセンスしてます。屋敷は漫画系の仕事もっとあっていいと思う。)、屋敷に薦められるまま買いました。結論からいうと、神漫画でした。以下ではこの漫画が具体的にどう神漫画なのかを語っていきます。


www.youtube.com

①展開の妙
 この漫画を読んでいてまず衝撃を受けるシーンが何かと問われれば、恐らく万人が答えるのが「死のうか 俺たち」でしょう。後から見返せば(夫がどういう人間かを把握すれば)それほど不自然な流れでもないのですが、セックスの事後で気持ちよくなっているわずか3ページ後に出てくるので、驚かざるをえません。
f:id:mantropy:20211020222759p:plain
まずこの漫画の凄いところは、このように自然といえば自然だが初めて読んだ時点では滅茶苦茶にしか見えないシーンの宝庫だという点です。他にも「したいこと」として顔射するシーンや町の弁当屋の「歓迎会」に男性陣が参加し、しかも全員AV男優なところなど(←これだけは本当に何度考えても意味が分からない。でも面白いならOKです)、1ページ前からは予想だにできない展開が大量にあり、単純に読んでいてとてもワクワクしました。あなたはそういった感じで楽しく1巻を読み終えるわけですが、そこで思い出してほしいのはこの漫画が「不妊治療を諦めた夫婦のその後を描いてる」という点です。普通こういうテーマを描こうとするとどうしてもポリコレ風味のそういった界隈だけが褒めるしょうもない漫画になると思うんですよ。それをこうしてエンタメ全振りに描けるこの作者は紛れもなく天才です。

②コマ割り
 この漫画のセンスが良すぎて狂気すら感じる次なるポイント、それは「コマ割り」です。普通漫画で大ゴマにするポイントといえば、読者に対して衝撃を与えたい部分だと思うんですよ。ところがこの漫画で大ゴマとなっているのは「読者が衝撃を受ける部分」ではなく、「キャラクター(特に妻)が衝撃を受ける部分」です。下の大ゴマが最も良い例でしょう。
f:id:mantropy:20211020225755p:plain
「これ合コンやんけ」というのは殆どの読者が「歓迎会」の時点で心の中でツッコんでいたはずで、今更ここで大ゴマにされたとしても「ここ大ゴマにするんか!」ということに衝撃を受けこそすれ、歓迎会が合コンであったことに衝撃を受ける読者はたぶんいないと思います。ではなぜこういう、普通の漫画の文脈から大きく外れたコマ割りをしているのか、考えた末に辿り着いた答えが、「この作者は読者が衝撃を受けるシーンではなくキャラクターが衝撃を受けるシーンを大ゴマで描く」ということです。この仮説を実証するために、上記の画像とは対照的に、読者は「ファッ!?」となるのに大ゴマが見られないシーンを貼っておきます。

f:id:mantropy:20211020230933p:plain
めっちゃいい名刺&めっちゃいい名刺の出し方

このシーンが冷静に考えると滅茶苦茶なのにサラッと流されている理由、それは妻が「歓迎会とはそういうものなんだ」と受け流してしまっているからですね。このように、この漫画のコマ割りの仕方は普通の漫画とは一線を画していますが、ただ奇をてらっているわけではないことは明白です。それどころか、今後このコマ割りの仕方をある種スタンダードにさせていきそうな雰囲気さえ醸し出しています。コマ割りだけに注目しても、この漫画の凄さは感じられることでしょう。

③キャラ造形
 この漫画の凄いポイント3つ目、それはキャラクターの強度の高さです。この漫画は基本的にモラハラ夫・ずっとその言いなりの妻・そしてどうみてもしみけんがモデルのAV男優の3人の登場人物さえ押さえておけばよいのですが、特にセンスを感じたのが夫婦のキャラ造形ですね。モラハラ夫とそれに言いなりの妻って夫婦を描くうえでの一つのテンプレであり、基本的にそれをなぞってしまうことになるのですが、この漫画はそういったテンプレの二、三歩先を行っています。特に褒めたいのが(さっきも書いたのですが)夫が「やりたいこと」として顔射を選んでいる点。この夫は妻と同様、自分にも厳しいタイプだと思うので、自分の精液は全て妻の膣内に入れなければ入れない、つまり一滴も無駄使いしてはいけないという強迫観念に不妊治療中は捕らわれていたと思うんですよ。だから、不妊治療を諦めた、つまりもう精液を無駄使いしてもよくなった途端、妻に顔射した。一方で妻も顔に射精されて「すごい贅沢してる気分です」「罪悪感を感じます」と言えるのがいいね。無駄使い=贅沢という図式で、これまでの金のかかる不妊治療において、無駄使いは罪だったので、顔射に罪悪感を感じることができる。そして、高級ウナギを食べることについても同様の図式が成立するので夫も「なるほど ウナギも然り…」と言える。一見変なことをやっているようにも見えますが、その実キャラクターとして地に足着いているので、この夫婦の成すこと全てに「このキャラなら確かにこうする」といった必然性があることがわかるでしょう。あと1巻の最後の、夫が自分がセックスを恐れていることを告白するシーンもいいね。そりゃ精液出すたびに極度のプレッシャーに苛まれたらセックスがトラウマになるわな。
f:id:mantropy:20211020235839p:plain

僕以外の人が読めばこの漫画の新たな魅力も見つかるでしょうが、ひとまずはこんなところです。騙されたと思って一度読んでください。「自分はとんでもない漫画を読んでしまった」と絶対に思えます。

キングオブコント2021感想

キングオブコント2021が最高だったので感想書きます。敬称略です。まだみていない会員はTVerでみましょう。
tver.jp

蛙亭 ホムンクルス
めっちゃ面白かったですね。個人的に、特にコントでは「いいものを見させてもらったな」という感覚をもらったネタを特に高く評価するようにしているのですが、このネタにはそれを感じました。164から最後「ひろし」呼びにつながるところとか最高でしたね。岩倉が中野の粘液を反射的にふき取り、それに対して中野が「僕があなたでもそうしたと思います」と返す部分など、一つ一つのくだりも面白く、なおかつそれぞれがどういうキャラなのかが一瞬で把握できるようになっていて、終盤の中野無双(展開という意味でも笑えたという意味でも)につながっているのが凄いなと思わされました。ここまで書いて思ったんですけど、秋山や山内の審査コメントをなぞっただけみたいになっていますね。今回は審査コメントがどれも的確で、思ったことを書いただけだと大半が審査コメントと被ると思うので、これからは誰のスタンスに最も僕の感想が近いのかを書いていこうと思います。あと前から思っていましたし、既にそう思っている人も多いんでしょうが、中野ってめっちゃいい演者だなあと。見た目もいいんですが、何より声がいいですね。

好きなくだり:(さっきも書いたのですが)岩倉が中野の粘液を反射的にふき取るところ

ジェラードン 幼馴染
スタンスとしては秋山が一番近いかな。松本に「ハリウッド映画」と評された蛙亭と打って変わって、一昔前のエロゲ・ラノベ原作の深夜アニメ臭が強いネタ。ジェラードンが凄いなと思うのは「ギザなクラスメイトキャラ」だけでも強いのにさらに強いキャラを持って来れるところ。煽りVでも言っていたんですが、大ボケと超大ボケなのがジェラードンの強みだなと思います(小並感)。「海野君の友達第一号立候補しちゃおうかな」や「さいばんちょー、どう思われますか?」からの一連のくだりなど、あまりに臭すぎて今日日どんなアニメでもみないような台詞を持ってくるのもいいし、その台詞のセンスも本当にいい。そうなんだよな、このコメディについてまともに考えたことない奴がとりあえず作品にコメディっぽい要素を加えるために変な台詞を吐かせる感じがいいんだよな。今時こういう台詞を書いてくる漫画があったらランキング上位に入れると思います。まじで僕のランキングに入れたいので漫画化してくれないですかね?

好きなくだり:(さっきも書いたのですが)「さいばんちょー、どう思われますか?」からの一連のくだり

男性ブランコ ボトルメール
一番スタンスが近いのは松本かな。何を面白がるべきネタかはわかるし、そこを面白いとも思えたんですけど、それ以上の感覚はありませんでしたね。そもそも関西弁をいじる系のネタがあんまり好きじゃないかな。あくまで観客を裏切るための要素の一つであって、そこがネタの本質ではないのはわかっているんですが、地域や学部といった属性で人間性を決めつける輩が嫌いなので(この感覚は普遍的なものだと信じたい)。その上で、序盤の、顔で裏切ると見せかけて方言で裏切るのと、終盤の観客に「どうせボトルメール出してそうなおしとやかな女性来るんでしょ」と思わせてからの裏切りは凄いと思います。

好きな台詞:「ボトルメールっちゅうのはあれやね、博打のマッチングアプリやもんね」

うるとらブギーズ 迷子センター
飯塚・小峠に全面的に同意したいですね。訳の分からないことを言っている父親ではなく、それを聞き取って館内に放送する側を主体に笑いを取りにいこうとするのがまず凄いし、どうしても笑いに論理を求めたくなってしまう中で(というかネタって意図して観客を笑わせなければいけないのでどうしても論理で笑わせざるをえない)故意ではないミス、つまり論理ではない笑いをメインに据えようと思えるのが凄い。さらに「故意ではないミス」を故意に、観客に不自然さを悟らせずに、成立させられる演技力も凄いですね。これで7位はちょっときついなあ……。今回の中では空気階段に次ぐくらいには評価できるネタだと個人的に思うんですけどね。

好きなくだり:最初に館内放送するところ(このネタは特に構造そのものが好きなので構造がわかるくだりが一番好きになってしまいます。一つ言っておくと、細かい笑いどころはたくさんあります。構造を楽しむだけのネタではありません。)

ニッポンの社長 バッティングセンター
秋山と松本のスタンスの間くらいかな。良くも悪くもいつものニッポンの社長だなー、といった印象。辻がケツのアドバイスを無視し続けるところは面白いし、映像として魅せるのも流石ですし、溜めて溜めて最後にケツがホームランを連発するのも面白いんですが、「いつものニッポンの社長」以上のものは感じなかったのでなぜ4位になれたのかはよくわからないんですよね。逆に言えば、いつも通りのことをやって4位につけれるニッ社が凄いんでしょうけど。僕がニッ社見慣れ過ぎただけのかなあ。あるいは僕がこのネタの面白ポイントを取りこぼしているのでしょうか。

好きなくだり:オチ

⑥そいつどいつ パック
飯塚のスタンスが一番近いですね。今回の中では一番好きじゃないネタだなあ……。ストーリー性を持たせようとしているのにオチが脅かそうとしてただけ、というのは尻すぼみ感が否めないですね。こういうふうにコントで整合性を持たせるために申し訳程度にストーリー性を持たせるの嫌いなんだよなあ……。パックをコント内で面白く魅せられる、というところから着想を開始したコントだと思うんですけど、それならわざわざストーリー仕立てなんかにせずに、ナンセンスに寄せたほうがよかったんじゃないんですかね。肝心のパックも笑いのための道具にしきれてはいないような気がしてならなったです。「パックで笑わせる」より「パックでできることを魅せる」ことを優先してネタを作っているように僕の目には映りました。うるブギのように「笑いの構造として斬新なことをしている」なら評価したいんですが、そのようには見えなかったですね。最後に一応言っておくと、どんなに僕が酷評してもそれは僕の感性が合わなかったというだけのことなので、自分の好きなネタが多少酷評されても気にしないでください。

好きなくだり:特にないかな…

⑦ニューヨーク 結婚式
秋山に完全に同意ですね。ボケの質が低いとは思わないし面白いとは思うんですが、なんか普通過ぎるんだよなあ……。とはいっても、去年の「結婚式の余興」同様、1STステージを万人受けするネタで突破しよう、という戦略は理解できますし、実際去年はそれが見事にはまったのでそれを今年も行おうという発想になるのもわかります。ただ去年とは審査傾向が大きく変わったのが運の尽きだなあ……。M-1でもKOCでも実績は残しているので、今回最下位になったところで面白くない芸人の烙印を押されることはないでしょうが、ニューヨークの毒の強いコントが好きな時分としては「こんなこと言われるならあのネタやこのネタをやってほしかったなあ…」と思わざるをえません。もどかしいですね。あとしばしば持ち上げられているニューヨークの平場ですが、去年のM-1と今年のKOCに関しては正直面白くないと思います。

好きなくだり:「BTSは、韓国のアイドル」「それは知ってるわ!」(これが一番好きなくだりになってしまう時点でコントではないんでしょうね)

追記:これをみて「ニューヨークのコントって面白いな」って思ってほしいです
www.youtube.com
www.youtube.com

⑧ザ・マミィ 変質者
山内の意見が一番近いかな。最後ミュージカル調で終わるのめっちゃいいっすね。あと飯塚の言う通り、ヤバい人のヤバさを笑うネタが多い中で、ヤバい人に絡む人のヤバさに目をつけるのは慧眼ですね。審査コメントとほぼ同じ感想を抱いたので、もう書きません。

好きな台詞:「お前らが俺を避けてんじゃねーぞ、俺がお前らを避けてるんだよ!」(一番こういうヤバい人がいいそう感があって好きです)

空気階段 火事
圧巻でしたね。山内の言う通り、映画を1本観たかのような満足感がありました。褒めるところなんてありすぎてどれを挙げればいいかわからないくらいですね。全てがよかった、完璧なネタでしたね。このネタを見終えた段階で今年の優勝を確信させてくれました。

好きな台詞:「俺はこのくらいの熱さ、慣れっこなんだよ!」みたいなSMとかっこいい台詞テンプレをかけた台詞全部

マヂカルラブリー こっくりさん
吊り革やん、というのが万人の感想でしょう。僕もそうです。これ好きか嫌いか聞かれれば好きですし面白いんですけど、もっと違った角度のネタ持ってこれただろうしそっちを見たかった、というのが本音ですね。あと山内の言う通り、凄さが先に入ってしまった感は否めないですね。野田がこういう笑いの取り方をするのはもう知れ渡ってしまったのと、そもそもパントマイムがうますぎて感心が先に来てしまうのはわかります。

好きなくだり:野田が10円玉になるところ

男性ブランコ レジ袋を買わなかった男の末路
完全に意見が合う審査員はいませんでした。1本目よりこちらのほうが好きなのですが、審査員の得点はこちらのほうが低かったですね。まず「レジ袋をケチった男」という設定が面白い。映像的にも楽しめたし、「レジ袋をケチった男」の放つワードセンスも全体的にかなりよかったし、そういった部分、つまりは「レジ袋をケチった男」そのものを楽しむネタだと思ってみたので、各審査員がいうほど劇的な展開がない点については気にならなかったですね。うーん、このネタを「いい」と思えただけに、何度考えても、審査コメントを見る限りどの審査員も完璧にはまってないのが納得いかないなあ。

好きな台詞:「大の袋は5円じゃない」

⑫ザ・マミィ ドラマ
山内・秋山の言った通りですかね。まずオチが好きじゃない。読めた、というのはもちろんそうなんですが、即興で起きたこと、という設定なのにボイレコ使うのは不自然だなあと。もっといいオチがあったんじゃなかなとは思います。それと、ドラマ(というより池井戸ドラマか)あるあるの切り口も真っ先に思い浮かぶようなのばかりでしたし、何よりこういう発想ってどんな芸人でも一度は考え付くと思うんですよ。実際ドラマあるあるの天丼ネタって有名コント師なら一つは持っていますし。ドラマあるあるをネタに組み込むなら空気階段の1本目や去年のニューヨークの2本目みたいなドラマそのものをネタにするほうが個人的には好みかなあ。正直にいって、もっと独自性に富んだネタが見たかったです。

好きなくだり:特にないかな…

空気階段 メガトンパンチマン
1本目が完璧でしたが、これも相当面白いネタでしたね。こっち先でも最終3組には残っていた気がします。下手したらこっちでも1st一位通過だった気もしますね。まず「コンセプトカフェ」という設定が素晴らしい。いくらでも面白くできそうな題材ですが、そういえば誰も手をつけていませんでしたね。それと、1本目も、去年の1本目もそうなんですが、空気階段は2つの要素を掛け合わせるのが本当に巧いなと。去年の「霊媒師」だと霊×電話、1本目だと火事×SM、今回だとコンセプトカフェ自体がそもそも2つの要素を掛け合わせた題材で、こういう話の組み立て方をする作家って多いと思うんですけど、数多いるそういった作家の中でも特に空気階段は設定の選び方が巧いなと思います。ガロン関連の設定も、「車輪も含めて足」という設定を頑なに貫くところも、豆にこだわっているなどの現実的な要素も、それ単体で面白いんですが、「この世界観なら確かにそうなるだろうな」という納得感もあってよかったですね。笑いって納得の笑いと逸脱の笑いに分けられるらしいんですけど、逸脱した設定で納得の笑い重ねるの大好きなんですよ。バラシも何重にも渡って敷かれており、普通は1個で満足してしまいそうなところで満足しない空気階段の本気度がうかがえました。一見突飛ですが、こちらも隙の無いよく練られたネタでした。今年の優勝は必然でしょうね。

好きなくだり:コーヒー豆にこだわりをみせるところ

以上です。興奮冷めやらぬまま勢いで書きました。たぶん誤字脱字がめっちゃあるでしょうが我慢して読んでください(といってもここに到達した奴は我慢して読んでるか)。書いてて気づいたんですけど、僕は「驚かせたかった」とか「○○のふりをしていた」みたいな、ネタの中に演技が入って、しかもそこに必然性のないネタが嫌いですね。僕は基本的にコントを一つの作品としてみているので、先ほど言ったようなのは一見ストーリーを持たせているようでいてその実放棄しているように見えて冷めるんですよね。僕の中では夢落ちと同じカテゴリです。逆に、コント内のキャラクターの人生を覗きたくなるネタには高評価する傾向にあるなと。今回で言うと男性ブランコの2本目と空気階段の2本目でしょうか。やっぱり漫画好きなんで、キャラクターの魅力を感じたネタには高評価せざるを得ません。
1stステージのネタ10組で好きなのを3つ挙げるなら蛙亭・うるブギ・空気階段ですね。2ndステージの3組でいえば、一番は空気階段ですね。蛙亭とうるブギに上がってほしかったですが、彼らが2ndステージでどんなネタをやろうと空気階段の優勝は変わらないでしょう。単独ライブを一番見に行きたいと思わせてくれたのは男性ブランコですね。10/2の19:00~22:00における今年の運営に対して特に文句はありませんが、欲を言えば全組2ネタやらせてくれないですかね?ニューヨークとマヂラブがあのまま不完全燃焼で終わるのが残念なんですよ。