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京大漫トロピーのブログです

【12/18】無から出るのは嘘か真か

だちです。こんばんは。
「白」が象徴するもの、それは「無」でしょう。
無とは何もないのではなく、すべての始まりであり、そしてすべての終わりでもあります。
白紙や白地図など、未だ何にも染まっていない始まりの色、白髪、白装束など、終わりへと向かう色、また、すべての色を含み、無限の可能性を内包する色である白と無は多くの部分を共通して表すことができます。

というのはかっこつけたかったただの雑記ですが、

こちらが今回紹介する漫画になります。

6月 夏休みの少し前 ある日突然に彼女は死んだ

主人公のハナは死んだはずの少女マコトと一緒に暮らして?います。前半では、普通の日常っぽく描かれる生活の中で、死んだ人間が動いていることの異常性やマコトを世話するハナの心情が見え隠れします。

マコトは「代行症」と呼ばれている症状で、これは生前に体内に入り込んだウイルスが宿主の死後に身体を乗っ取って動き出すというものです。感染症であり、発症すれば通報・隔離の対象になります。発症しても身体は死んだ状態であり、いずれは朽ち果てます。だんだん人の形が崩れていくマコトを他人にバレないよう隠しながら、ハナは「マコトがしたいこと」をしてあげようとします。

前半が終わると過去編が入り、他人を寄せ付けないタイプだったハナがマコトと関係を築いていく過程が描かれます。ハナとマコトは親友関係になり、ハナの両親はいつも家に一人のハナのために、孤児であるマコトを養子縁組として家に迎えようとします。が、マコトの態度が急変、それを解決できないままマコトが死んでしまい、「代行症」を発症してしまいます。

現在に戻り、ハナに協力している医師からマコトの身体はもう限界であることを告げられ、ハナは何をしようか考えたあげく、マコトを海につれていこうとします。周囲にもバレ始め、追い詰められながらも海に辿り着いたところで二人の生活は終わりを迎えます。そして最終話、マコトが本当にしたかったことに気付いたハナは二度のマコトの死から立ち直り前を向いて生きていきます。


ざっとあらすじをさらいました。内容の面で言えば、「重病で身体が動かなくなった患者と家族」「死者の残したメッセージを読み解こうとする残された者」という要素を代行症という設定で繋ぎ、動いているが死んでいる状態であるという点が話の、それと二人の関係の深みを与えています。

全体を通してハナが考えていた「マコトがしたいこと」というのはマコトがわずかに発する言葉からハナが読み取ったことですが、意思があって発する言葉ではなく、刺激に反応して記憶が呼び起こされているだけであるという説明がなされます。ハナはそれを分かっているのかいないのか、常に死んだような目とマコトが反応したときの必死さが哀愁を誘います。もう死んでいるから望みはないのに、動くと希望があるように錯覚してしまう、分かっていながらも縋ってしまうという悲壮感は、先に挙げた二つの要素が上手く組み合わさっていると思います。

タイトルからも分かるとおり、嘘を真に、というモチーフも繰り返し登場します。全編を通してハナのマコトの言葉への対応もそうですし、過去編でも、二人が家族ごっこをしている描写からマコトの養子縁組の話につながる部分、マコトが代行症を発症する直前のシーンの二回、特に目立つように使われています。話の中心にも嘘が関わっていて、嘘と真のモチーフはそのままハナとマコトの人物像、関係性に転嫁されます。二人の他者への接し方が正反対だったこと、その二人が孤独という境遇で意気投合したことなどに表れます。

要素を細かく分解すると結構ありきたりなものじゃないかというツッコミも感じますが、この漫画は1巻完結と短いながらも起承転結がはっきりとしており、前述の通り要素の組み合わせによる深味も出ているため、ただの死者交信的な内容に収まらない魅力を持っています。
死者交信系の(かつ百合の)話だと『マイ・ブロークン・マリコ』なんかが好評でしたが、それを好きだと言っていた人とか批判していた人とかまだ読んでないよって人に読んでみて欲しいですね。
ではでは。