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京大漫トロピーのブログです

【12/8】今現在最強の魔術師は決まっていない──

                                      (書いた人:新萬)

 思考を堂々巡らせた末、結局のところは当たり前の結論に帰ってきたり、ようやく掴んだと思えたことが、言葉にすると案外他愛のないものだったりする。しばしばこうした体験をするのだが、最近また、この過程を経て一つの実感になったことがある。それは、『キャラクターにとって「余白」って大事だよね』ということだ。それなりに長い時間を要して辿り着いたが、遠回しに断っておいた通り、特にセンセーショナルなところはないと思われる。

 ここで言うキャラクターにとっての「余白」というのは、例えば登場人物のバックグラウンドについて明かされない部分があったり、思想や行動の根拠が明言されなかったりすることを指している。こうした空白部分は、ともすると説明不足、思わせぶりなだけといった否定的な評価につながる危険性があるものの、使い方次第ではキャラクターの魅力を何倍にも増すことができる、というのが今回主張したい内容だ。

 さて、本題に入る前に、そもそもなぜ余白の重要性に意識が向いたのか、そのきっかけについて書いておきたいと思う。ここ最近、「小説家になろう」という小説投稿サイトで『無職転生 -異世界行ったら本気出す-』を喰い入るようにして読んでいる。友人の強い推薦でアニメを見たことがきっかけとなり、続きを求めて「なろう」へ足を踏み入れた。既にかなりの有名作品なので、改まった紹介は不要と思うが、死んだ引きこもりの魂が別の世界の赤子の肉体に宿り、やがて成長し、その新天地で人生を歩み直すという物語だ。この作品には自分の中の価値観に照らして受け入れがたい展開や描写が無視できぬ程度に含まれる一方、素直に称賛に値する優れた点も相当含まれていた(あまり覚えのない読書体験だ)。後者のうちで、特に心のガードを越えて打ち込んできた要素の一つが、キャラクターの余白の使い方なのである。具体的に見てみよう。
 
 魔術師である主人公ルーデウスの魔術の師匠にあたり、メインヒロインの一人にもなる(!)ロキシー。彼女は幼いルーデウスの家庭教師として登場し、師匠として深い尊敬を獲得している人物だ。ルーデウスの冒険が始まる第二幕、ロキシーは一旦舞台袖へと捌けるのだが、そんな中で突如として彼女が実家に帰るエピソードが挟まれた(アニメ第18話)。無暗にエロいアドベンチャーもちょっと飽きてきたな……と完全に油断しきっていた私には、この回が背面金剛となって突き刺さった(心室細動)。

ロキシー・ミグルディアは優しいから強い

 そのエピソードで明かされたのは、ルーデウスらが旅の途中で(かつ、偶然にもロキシーの地元近くで)激しく敵対した冒険者が、かつてのロキシーの仲間の一人であり、親しい友人でもあったということが一つ。それに加えて、彼女は生まれの村において耳が聞こえず口もきけぬ存在と同義であったことが一つだ。ロキシーは念話でコミュニケーションする種族の生まれであったが、当のロキシーは念話が使えなかった(一応口で喋ることはできるために、ルーデウスら他種族とはやり取りが可能だった訳だ)。

 唐突に明らかになったこれらの事実は、主人公のルーデウスが歩む、いわば主流の物語とは全く関わらない。これ以上深く掘り下げられるわけでもなければ、何処かに繋がるわけでもない、傍流の物語である。しかしながら、これらが敢えて示される意義は大いにある。それは、いつかまた再登場し、主人公の物語に合流していくことになるロキシーにとっても、今この時には必ずしも立ち現れず、誰かにとっての何かの役割を担わされることのない「自分自身の人生」というものが確かに、そして読者すらあずかり知らない時間の中に無数に存在するのだと示唆してくれる、ということだろう。ロキシーの人生を主人公との関連の中で描き、またそこから一歩離れた、ある日ある時の一幕をも照らし出すことで、この二つの間に余白があることを伝える。こうした描出を経て未知の部分を含むことで、キャラクターは一個の人格として立体的になり、厚みを持つのだと思う。

最強の魔術師は誰か!?

 更に言うなら、読み手は勝手に余白を埋めるのが好きだ。カヲル君は最後の3話しか出てこないポッと出のキャラクターでありながら、その圧倒的な空想の余地でもってカヲシン旋風を巻き起こした。こう考えると、レイも3人目だってことを気にすることないよ。貫禄負けてないよ。

 閑話休題
 さて、「キャラクターの余白」関連で最近ホットな話題があるので触れておきたい。
 先月末頃からジャンプ連載の『HUNTER×HUNTER』で幻影旅団の過去篇が開始された。確かに面白いエピソードだが、脇道の脇道のそのまた脇道みたいな位置に置くにはあまりに重い。内容のハードさに加え、かつて生み出された旅団の広大な「余白」(これまで読者によって様々な絵模様が描かれてきたのであろう)を作者自らの手で塗りつぶしていく重さがある。幻影旅団の無体な強さが剥がされていく寂しさに言及するツイートを見かけたが、全く同感だ。ロキシー・ミグルディアと幻影旅団は、想像の余地がキャラクターに強度を与える例として表裏一体の関係にあると言えるだろう。

…………

 


「最後にもう一例、世間的に最近ホットなのではなく、極めて個人的に最近ホットな話題なのだが、ガールズ&パンツァー(以下、GuP)のカップリング形成の土壌について述べたい(筆者はこれが「キャラクターの余白」に関する示唆を与えてくれると信ずる)。」カタカタカタ


うーん


そう打ち込んで、一つ大きく伸びをした。後ろの壁かけ時計が、逆さまになって目に入る。


直角。短針は3を指していた。


「12月……9日」


窓の外には、もう明かりをこぼす部屋は見えない。バイクの駆ける音が一つ。


くたびれた私の投稿は遅く、夜道はひっそりと暗くて。