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京大漫トロピーのブログです

【12/25】父娘漫画に潜むポルノ

 という訳で後半です。12月1日から延々と引き延ばして、やっと書きます。

 さて、前半で引っ張り出した一年前の記事では、とーちゃんに小岩井葉介という名が与えられたこと、そして、よつばが幼児から少女へ成長していることを指摘しました。僕は特に前者の問題、つまり、自分がよつばの父親になれないことに絶望したわけですが、今回は後者の問題を考えてみましょう。
 幼児が少女へと成長する。成長の果て、彼女はどこに辿り着くのでしょうか。その軌跡を追うのがこの漫画です。

うさぎドロップ 1巻 (FEEL COMICS)

うさぎドロップ 1巻 (FEEL COMICS)

 うさぎドロップ
 30歳の独身サラリーマン・河地大吉が、祖父の訃報を聞いて実家に訪れると、見知らぬ幼女に出会った。幼女の名前は鹿賀りん。なんと彼女は祖父の隠し子だった。彼女を誰かが引きとるのか、それとも施設に預けるのか、遺された一族たちの揉め合いを見かねた大吉は、自分が育てると宣言した。かくして、父と娘、もとい30歳の甥と5歳の叔母の、奇妙な共同生活が始まるのだ。あらすじはこんな感じです。
 父娘漫画の重要な点は、母の不在です。母親がしっかりいれば、それはホームドラマの類になります。円満な家庭の中でのすれ違いやいざこざ、そういった内部の問題がゆっくりと解決されます。父娘漫画はそうは行きません。この狭い世界には二人しかいない。些事でいちいち対立していたら、生活そのものが破綻してしまう。むしろ問題は外部にあり、父と娘は二人で協力して立ち向かわなければならない。『うさぎドロップ』で言えば、隠し子に対する一族の反応や、仕事と生活の両立があります。大吉は保育園の迎えに遅れないように、残業のない出荷部に異動しました。
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 2016年の今なら、それこそ「保育園落ちた日本死ね」みたいな状況になってるんでしょうね。本作には、シングルファザー(マザー)の世知辛い事情への言及がいくらか見られます。さて、本来は一人暮らしで仕事をしていた父役は、異動はあれど外で働かなければなりません。すると必然的に、家を守る役目は少女が負うことになります。小学校に入学したりんは人一倍しっかりした性格になり、大吉より先に起きて朝食の準備を始めるようになります。娘役の少女は、家庭における母役(妻役)を兼ねるのです。母親の不在を解決するために、自分より弱い少女を家に縛り付け、妻の代わりにする。このミソジニー溢れる歪な構図が、『うさぎドロップ』には潜んでいるのです。
 母親の不在の解決策は、もう一つあります。近所のお姉さんです。『よつばと!』なら綾瀬家の三姉妹、『甘々と稲妻』なら飯田小鳥が相当します。前者は、電撃大王に連載しているように、本来はオタクのための漫画です。女性への強い恐怖からか、三姉妹はあくまで萌えキャラ的な側面から描かれています。妻役はやれど本当に小岩井とくっつくことはないでしょう。一方、後者は違います。そもそも父娘漫画にするために、最初から主人公の妻を故人にしている作品です。新たな妻役の小鳥は、料理で犬塚親子の記憶を上塗りし、全力で接近します。亡き妻・母の思い出の一品を再現し、二人に笑顔で振る舞う彼女の姿を見て、背中に寒気を覚えました。わたしが新しいお母さんですよーっ。怖い怖い。
 近所のお姉さんに近いというか、りんの代わりに大吉の妻役になりうる女性は、『うさぎドロップ』にも存在しました。りんの幼馴染の少年・二谷コウキの母親である二谷ゆかりです。シングルマザーであり、子供を一人で養う苦労を大吉と共有しています。二人は両想いになりますが、結局は結ばれません。成長し、思春期を迎えたりんとコウキの関係が悪くなってしまったというのもありますが、二人が結ばれるのは、あまりにも都合が良すぎるというメタ的な理由もあるでしょう。シングルマザーとシングルファザーが結ばれて、円満な家庭が実現されれば上々ですが、そんな上手い話なかなかないでしょう。
 さて、話を本筋に戻します。小学生にして若妻役を負った少女は、順調に成長し、高校生になります。『うさぎドロップ』は全9巻(+番外編1巻)の構成ですが、5巻の目次でさらっと「あれから10年―」と導入が書かれて、いきなり高校生編が始まります。最初読んだ時は驚きました。一歩一歩成長する、かけがえのない日々はどこにいってしまったんだ。ちょうど自転車に乗れるようになった子供が、自分の手を離れてどこまでも走っていく姿を見るように、少女の成長を心から喜びながら、どこか寂寥の念を胸に湛える。そういう切なさがこの漫画にはないのか?
 結論から言うと、ありませんでした。理由は簡単です。少女が自分の手から離れない(離さない)からです。学業も運動も家事も完璧にこなす女子高生になったりんですが、進路については立ち止まってしまいます。大吉は、実の娘でもない自分のために、自分の生活を捧げてくれた。自分はそんな大吉を置いて、どこかへ行くことができるのだろうか。よく言えば恩義、悪く言えば負い目が彼女の目の前に立ち塞がるのです。恩義や負い目という言葉に語弊があったとしても、彼女が自分の人生を考えるとき、大吉の存在は、無意識に視野を狭くするのです。
 そして、どういうわけか、りんは大吉を異性として意識し始めます。コウキへの淡い初恋と幻滅、大吉のゆかりへの失恋、同級生たちの恋愛模様、さまざまな要因が少しずつ後押しして、りんは大吉に恋愛感情を抱くのですが、ぶっちゃけ誤魔化しですよね。負い目から大吉と一緒にいるという境遇を、自ら選んだように演出しているだけです。当然、父役の大吉はこれを拒絶します。建前では勿論ですが、本心からも気まずいところがあるでしょう。今までさんざん妻役を負わせていたわけだけど、本当に妻にするなんて想定外でビビってしまう。そもそも前途有望な少女の未来を、老いてゆくばかりの自分が食いつぶすことは余りにも残酷だ。
 物語も終盤、りんは自分の感情に整理をつけるため、実の母親に相談しに行きます。りんの母親・吉井正子は漫画家で、仕事のためにりんの養育を放棄した女性です。物語途中までは大吉の目の敵にされていましたが、紆余曲折を経て和解しました。少女が、女性として先達である母親に悩みを相談するという構図は典型的ですが、上記の都合から、今までのりんには不足していたものです。大吉に恋愛感情を抱いていること。大吉は拒絶するが、それでも自分は大吉の傍に居続けたいこと。血の繋がり(甥と叔母なので三親等)から、結婚が不可能なこと。溜め込んだ悩みを母に告げると、正子は衝撃の事実を口にします。

 りんと大吉に血の繋がりはない。


 僕は仰天しました。理解が追いつかないままページをめくります。すると、りんは大吉への恋心を一層のものにし、大吉はしぶしぶこれを受け入れるのです。そしてとうとう二人は結婚しました。やばいやばい。何だコレ。まるで意味が分からない。脳が理解することを拒否してしまった。心が体を追い越してしまった(意味不明)。とてもじゃないけど折り合いが付けられません

 『うさぎドロップ』 タイトルの通り、目の前に少女が落ちてきて、男はそれを受け止める。狭い世界は二人で完結し、男と少女は番いとなる。
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 父なる神に妻をあてがわれた男。この構図は「空から落ちてくる女の子」という形で多くの作品に見られます。ジャンプ漫画で言えば、『いちご100%』『ニセコイ』『ラブラッシュ』など、アニメなら古くは『天空の城ラピュタ』が、最近の物なら『化物語』が挙げられます。それでも娘を囲って妻にするのは異常でしょう。むしろ『源氏物語』の光源氏と紫の上に近い関係かもしれません。結果的に見れば、大吉は自分の妻をこしらえるために幼女を拾って育て上げたのです。やばいやばい。何だコレ。
 早い話がポルノです。肉体的にも社会的にも強い成人男性が、か弱い少女を搾取する。「近所のお姉さん」が存在しない父娘漫画には、こういう性質が潜んでいます。今年の漫トロで喧々諤々の議論を呼んだ『私の少年』にも、同じ性質が見出せます。

 チャイルドアビューズを受ける少年・真修を、主人公のOLが面倒を見る物語。性別は父娘と逆ですが、男―少女で描かれてたら直球過ぎてヤバいでしょ。当初はその予定だった(1巻あとがき参照)のに逆にしたの、批判を避けるためじゃないですか?タイトルも搾取する気満々だし、少年の外見も中性的で、やたらとセクシャルな印象を受けます。ポルノですよ、ポルノ。反論は受け付けません。こんなポルノを男―少女で描いた作品で成功したの、映画『レオン』ぐらいじゃないですかね。あの作品は結局、最後は父役にあたるレオンは死んで物語が終わりますが、『私の少年』はどう決着つけるんでしょうかね。万が一、結婚でもしたら赦さねぇからな。

 煩悩は自覚してこそ振り払えます。こういったポルノ的性質についても、無批判に受け入れずに、しっかりと把握したうえで鑑賞しましょう。合掌。
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 メリークリスマス。そして、よいお年を。

(醤油)