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京大漫トロピーのブログです

「あたらしい結婚生活」読め

 京都大学公認の「漫画を読む」サークル、京大漫トロピーのシチョウです。突然ですが、今年の京大漫トロピーの総合ランキング第2位の漫画をご存知でしょうか。そうですね!『あたらしい結婚生活』ですね!本稿ではこの漫画の魅力をたっぷりと語っていきたいと思います!

はじめに
 まず僕がこんなマイナー漫画を何で知ったかの話からします。僕がこの漫画を知ったきっかけはお笑いコンビ「ニューヨーク」のyoutubeの「【マンガ大好き芸人】ニューヨーク屋敷が今オススメする漫画3選」です。個人的にもともとニューヨークのネタが好きで、また屋敷の漫画趣味にかねてより注目していたので(岩井より山内より川島よりいいセンスしてます。屋敷は漫画系の仕事もっとあっていいと思う。)、屋敷に薦められるまま買いました。結論からいうと、神漫画でした。以下ではこの漫画が具体的にどう神漫画なのかを語っていきます。


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①展開の妙
 この漫画を読んでいてまず衝撃を受けるシーンが何かと問われれば、恐らく万人が答えるのが「死のうか 俺たち」でしょう。後から見返せば(夫がどういう人間かを把握すれば)それほど不自然な流れでもないのですが、セックスの事後で気持ちよくなっているわずか3ページ後に出てくるので、驚かざるをえません。
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まずこの漫画の凄いところは、このように自然といえば自然だが初めて読んだ時点では滅茶苦茶にしか見えないシーンの宝庫だという点です。他にも「したいこと」として顔射するシーンや町の弁当屋の「歓迎会」に男性陣が参加し、しかも全員AV男優なところなど(←これだけは本当に何度考えても意味が分からない。でも面白いならOKです)、1ページ前からは予想だにできない展開が大量にあり、単純に読んでいてとてもワクワクしました。あなたはそういった感じで楽しく1巻を読み終えるわけですが、そこで思い出してほしいのはこの漫画が「不妊治療を諦めた夫婦のその後を描いてる」という点です。普通こういうテーマを描こうとするとどうしてもポリコレ風味のそういった界隈だけが褒めるしょうもない漫画になると思うんですよ。それをこうしてエンタメ全振りに描けるこの作者は紛れもなく天才です。

②コマ割り
 この漫画のセンスが良すぎて狂気すら感じる次なるポイント、それは「コマ割り」です。普通漫画で大ゴマにするポイントといえば、読者に対して衝撃を与えたい部分だと思うんですよ。ところがこの漫画で大ゴマとなっているのは「読者が衝撃を受ける部分」ではなく、「キャラクター(特に妻)が衝撃を受ける部分」です。下の大ゴマが最も良い例でしょう。
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「これ合コンやんけ」というのは殆どの読者が「歓迎会」の時点で心の中でツッコんでいたはずで、今更ここで大ゴマにされたとしても「ここ大ゴマにするんか!」ということに衝撃を受けこそすれ、歓迎会が合コンであったことに衝撃を受ける読者はたぶんいないと思います。ではなぜこういう、普通の漫画の文脈から大きく外れたコマ割りをしているのか、考えた末に辿り着いた答えが、「この作者は読者が衝撃を受けるシーンではなくキャラクターが衝撃を受けるシーンを大ゴマで描く」ということです。この仮説を実証するために、上記の画像とは対照的に、読者は「ファッ!?」となるのに大ゴマが見られないシーンを貼っておきます。

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めっちゃいい名刺&めっちゃいい名刺の出し方

このシーンが冷静に考えると滅茶苦茶なのにサラッと流されている理由、それは妻が「歓迎会とはそういうものなんだ」と受け流してしまっているからですね。このように、この漫画のコマ割りの仕方は普通の漫画とは一線を画していますが、ただ奇をてらっているわけではないことは明白です。それどころか、今後このコマ割りの仕方をある種スタンダードにさせていきそうな雰囲気さえ醸し出しています。コマ割りだけに注目しても、この漫画の凄さは感じられることでしょう。

③キャラ造形
 この漫画の凄いポイント3つ目、それはキャラクターの強度の高さです。この漫画は基本的にモラハラ夫・ずっとその言いなりの妻・そしてどうみてもしみけんがモデルのAV男優の3人の登場人物さえ押さえておけばよいのですが、特にセンスを感じたのが夫婦のキャラ造形ですね。モラハラ夫とそれに言いなりの妻って夫婦を描くうえでの一つのテンプレであり、基本的にそれをなぞってしまうことになるのですが、この漫画はそういったテンプレの二、三歩先を行っています。特に褒めたいのが(さっきも書いたのですが)夫が「やりたいこと」として顔射を選んでいる点。この夫は妻と同様、自分にも厳しいタイプだと思うので、自分の精液は全て妻の膣内に入れなければ入れない、つまり一滴も無駄使いしてはいけないという強迫観念に不妊治療中は捕らわれていたと思うんですよ。だから、不妊治療を諦めた、つまりもう精液を無駄使いしてもよくなった途端、妻に顔射した。一方で妻も顔に射精されて「すごい贅沢してる気分です」「罪悪感を感じます」と言えるのがいいね。無駄使い=贅沢という図式で、これまでの金のかかる不妊治療において、無駄使いは罪だったので、顔射に罪悪感を感じることができる。そして、高級ウナギを食べることについても同様の図式が成立するので夫も「なるほど ウナギも然り…」と言える。一見変なことをやっているようにも見えますが、その実キャラクターとして地に足着いているので、この夫婦の成すこと全てに「このキャラなら確かにこうする」といった必然性があることがわかるでしょう。あと1巻の最後の、夫が自分がセックスを恐れていることを告白するシーンもいいね。そりゃ精液出すたびに極度のプレッシャーに苛まれたらセックスがトラウマになるわな。
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僕以外の人が読めばこの漫画の新たな魅力も見つかるでしょうが、ひとまずはこんなところです。騙されたと思って一度読んでください。「自分はとんでもない漫画を読んでしまった」と絶対に思えます。