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mantrog

京大漫トロピーのブログです

【12/6】苦しい時には漫画を読みたい

初めまして、一回生の白黒です。先日新たに会長に就任しました。飯マンガとかが好きです。就任したはいいけど漫力と雀力が低いため、まだまだ修行が必要です。精進します。

今年のアドベントカレンダーのテーマは煩悩です。クリスマスを待ち望むはずのアドベントカレンダーのテーマが仏教用語とは、ちぐはぐな感じがありますね。

自分は中学高校とミッション系の学校に通い、高校からは聖書研究会のようなものにも所属していました。週一回昼休みに集まり、昼ご飯を食べながら聖書について教わって討論したり、長期休暇には教会に泊まり込みで黙想会なんてものをやったりもしたものです。

そんな自分ですが、クリスマスに特に強い思い入れはないんですよね。聖書研究会の活動として、児童養護施設でクリスマス会を開き、『クリスマス・キャロル』の人形劇をしたぐらいでしょうか(クリスマス当日ではなかったけど)。ちょっと考えはしたけど結局キリスト教の洗礼も受けなかったし、クリスマスに行われるミサにも行ったことがないです。そもそも自分はキリスト教的に一番重要な日はクリスマスではなく復活祭だと思っていますし。
よって、クリスマスという日は自分にとって特に宗教的意味を持ちません。恋人もいないので当然俗的な意味も持ちません。一人暮らしを始めたからサンタさんはもう来ないし、ただの平日と変わりないですね。

人間平日だろうと祝日だろうと生きていかなければならないわけですが、生きていく過程には必ず苦しみがあります。一切皆苦です。仏教では苦しみの原因こそが煩悩であり、これを乗り越える必要があるらしいです。自分のとっての最近の苦しみの原因といえば、夜半にふと襲い掛かる孤独感。孤独感を乗り越えるためにはどうすればいいのか?孤独を肯定してやればいいわけです。この漫画を読みましょう

孤独のグルメ 【新装版】

孤独のグルメ 【新装版】

孤独のグルメ』。食事に対して独特の考え方を持つ個人貿易商・井之頭五郎が孤独に食事をする漫画。中学生の頃の自分は、五郎に憧れたものだった。孤独に生きる中で、昔の恋人との思い出や海外の情景が頭をよぎり、あり得たかもしれない未来の景色が今の自分を責め立てている。そんな現状の悲哀を背負いながら、独自の哲学のもと、生きるために飯を食う。そんな五郎の姿からは、孤独ながらも強く、尊厳を持って生き抜く確固たる意志が感じられ、ハードボイルドなカッコ良さがあった・・・・1巻までは・・・。

2015年に『孤独のグルメ』第二巻が発売された。18年ぶりの新刊だったそうで、喜んで買いに行ったのだが、読んでみて唖然とした。あの渋くカッコいい姿はどこへやら、「ズボラ飯」の花さんばりにダジャレを連発し、ただの楽し気な中年と化してしまった五郎さん。申し訳程度に挟まれるアームロック要素や海外要素がダジャレオヤジと不協和音を成し、正直地獄であった。ドラマのほうに寄せすぎたのか?自分の中の五郎さん像が音を立てて崩れていってしまった。クソ寒いダジャレを連発する五郎さんなんて見たくなかった・・・。

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というわけで自分は『孤独のグルメ』を人に勧めるときは1巻だけを勧めるようにしています。孤独に耐える渋い大人を見たければ1巻を、孤独なんて気にしてなさそうな愉快な中年を見たければ2巻を読みましょう。


そもそも、悟りを開きたいわけでもない場合は苦しみに耐える必要はないです。煩悩に流されてしまえばいいのです。この漫画を読みましょう。

tap.akitashoten.co.jp

『君花さんのスイーツマッチ』普段は精進料理ばかり食べているテニス選手の主人公が、背徳感を感じつつも誘惑に負けて、スイーツを食べてしまう漫画です。頭空っぽにしてかわいい女の子を見ると日々の苦しみもいくらか忘れられるのではないでしょうか。しかしこの漫画は、女の子が食べ物を食べるときに赤面するタイプの飯マンガなので、人によっては苦手に感じるかもしれません。そんな方はもう少しリアクションがおとなしいこの漫画を読みましょう。

『新米姉妹のふたりごはん』。親の再婚の都合でいきなり姉妹になったサチ(姉)とあやり(妹)の二人が、ごはんを通じて関係を深めていくストーリー。
始めの頃こそすれ違いに苦しんでいたふたりは、一緒に映画を見たり、試験勉強をしたり、誕生日を祝ったり、さまざまなイベントを通じて相互理解を深めていくわけです。となると、自分にとっては平日に過ぎないクリスマスも彼女たちにとっては一大イベントです。今月号の月刊コミック電撃大王で、二人はクリスマスを祝いあい、プレゼントを贈りあいます。相手に何をプレゼントしようか考えた結果、ふたりは同じ選択肢に辿り着き、お互いにメッセージカードを贈りあいました。一緒に過ごした時間あってこそのシンクロ。血縁関係はないふたりが、”新米”姉妹から本物の姉妹になった瞬間でした。

「同じこと考えちゃったね」
「なんだか...本当に姉妹みたいですね」
「姉妹だよ! ほんとに姉妹だよ あやり」

感動的です。この話を読んだ時は感じ入ってしまって思わず変な声が漏れたほどです。この美しい物語を読んでは自分の瑣末な苦しみなんて吹き飛んでしまいます。


3作のマンガを紹介したように、日々の苦しみの扱い方は一通りでは無いでしょう。(1巻の)五郎さんのように、苦しみを抱えて耐え生きていくのも仕方なし。君花さんのように苦しみの原因である煩悩に流されるも一つの手。あやりとサチのように、苦しみを乗り越え前に進めたなら理想的です。

いずれにせよ、苦しい時、漫画の中に何かの救いを見出すことが出来たらいいなぁと思う次第です。

おわり。