みかんばこです。天樹「征」丸氏原作・さとうふみや氏作画の『金田一少年の事件簿』という作品をご存じでしょうか?言わずと知れたミステリ漫画の金字塔であり、主人公・金田一一は江戸川コナンと並ぶ国民的名探偵と言えるでしょう。さて、この作品最大の魅力は謎をすべて解き終わってからが本番と言わんばかりの犯人の自分語りです。主人公に敵対する者に彼らなりの正義と美学を説明させるのは少年漫画のお約束です。「金田一」はホワイダニットをそういった少年漫画文法にうまく乗せることで、犯人役をヒーローとして演出している。これがハマっている。事実、「金田一」はメインキャラより犯人役の方が印象に強く残っています。動機の内容も、恋愛から家族愛まで、様々な視点から破滅的な愛を描くエピソードが多く、単体のドラマとして見ても非常に出来がいい。人を殺しすぎという点にはとりあえず目を瞑りましょう。ここでは推理要素を除いた人間ドラマとして、特に素晴らしいと思うエピソードベスト10を紹介したいと思います(個人的趣味というだけで、ここにないのも面白いです。R以降は面白くないので読まなくていいです。)
10位 学園七不思議殺人事件
桜樹と真壁が良いキャラだった。ちょっとデキる奴が陥りがちな「自分はトクベツ」という痛々しさ、万能感に囚われ、結果それで桜樹は学校の陰謀に触れてしまい殺されることになる。まさに好奇心は猫をも殺す、だなあ。犯人も犯人で学生の好奇心に守ろうとしていた秘密が暴かれ破滅するわけだから、誰も幸せにならないのである。子どもの好奇心は善であるはずなのに、「どうしてそっとしておいてくれなかったんだ!?」と慟哭する犯人には正直同情してしまうんだよな。
金成陽三郎が原作を下りて以降の「
金田一」(ファイル22:『天草財宝伝説殺人事件』以降)は被害者が異様に畜生に描かれていたり、犯人の悲劇性ばかり強調されていて食傷だなと思うことがあるのだが、その中でも「
オペラ座館第三」まではちゃんと犯人の異常性が担保されていて面白い。自分と亡き恋人をクリス
ティーヌとファントムに準え、『
オペラ座の怪人』の再解釈をしながら愛のポエムを綴るの正直格好いいししびれた。「悲劇のヒロインを『演じる』」というコンセプトが、物語内部と外部から二重の読み方ができるのもお洒落。
8位 天草財宝伝説殺人事件
『悲恋湖伝説殺人事件』のセルフオマージュみたいな話。ただ、動機に二重のミ
スリードが仕掛けられていたり犯人の事情や事の顛末も含め総じてこの話の方が完成度は高い。自分の娘一人救うために何の罪もない遺産相続者を皆殺しにするので、既知外度では「悲恋湖」と並んでいる気はするが。「
金田一」には珍しく根っからの悪人が一人もいない。こういう善意の連鎖が悲劇を生んでしまう類の話は説得力を持たせるのが難しいが、よくまとめたなあと思う。
7位 タロット山荘殺人事件
犯人がシスコンで学歴厨と非常に好感が持てる。養父母を見返すため東大にまで入るが、幼いころ目の前で父親を絞殺されたトラウマのせいでネクタイを締めることができず就活失敗するエピソードは涙なしで語れない。
金田一に対する
「君はいくつもの難事件を解決してきたようだが、履歴書にそんなものを書く欄はないんだよ」は必見。草は生えるものの
速水玲香の境遇は『
ごっこ』みたいな設定で泣けてしまう。人の父性とはどこに存在するのだろうか。
6位 秘宝島殺人事件
財宝に目が眩む人間の欲深さ、醜さそのものへの復讐というテーマも、因縁の相手の娘ながら自分と同じ孤独を抱えていたが故に惹かれてしまうというロマンスも好き。
児童虐待から逃げ出し土を食って生きるような生活をしている所に(一見)幸福そうな昔なじみの少女と再会し、復讐心と
ブルジョワへの反感が煽られるものの、彼女と交流を深め互いの傷を共有した上で彼女を失うことで本当に打倒すべきは金と欲望に生きる人間の浅ましさなのだと理解していく。弱冠13歳ながら、その境遇も相まって最も世界に対する絶望を滾らせていた犯人だった。そんな彼がきちんと生きる意志を見出すラストも美しい。
5位 異人館ホテル殺人事件
「双子」はキャラの非対称性を残酷に描き出すのに有用なアイテムだ。同じ顔、同じ声、同じ境遇で育ったはずなのに、片や
麻薬中毒者の姉、片やスター女優の道を歩む妹。姉は
ルサンチマンから妹はそんな自分を見下して嘲笑っているに違いない、という被害妄想に憑りつかれてしまうが、その
実妹は純粋に姉と幼いころ交わした約束を叶えるために生きていた……という、どこまでも噛み合わない姉妹愛がもどかしい。文月
花蓮が
ナチュラルに人格者過ぎて姉のどうしようもなさがより際立っているのももの悲しさを感じさせる。
4位 異人館村殺人事件
「
異人館ホテル」とは一切関係がない。あっちは函館でこっちは青森だし。犯人は
「家族を焼き殺し村から追放した村人たちへの復讐のため、幼少から母親に殺人の英才教育を受ける」というかなり特殊な生い立ちを持っている。母殺しというイニシエーションを経て立派な殺人マシーンになった彼が、復讐対象である村人の娘への恋心の間で揺れるという話はなかなかに切ない。殺害方法の残虐性が高く、閉鎖的な村の陰湿さ、村人連中に狂人しかいないのも相まって雰囲気がすこぶる良い。なお、トリックパクって炎上したせいで公式からは
黒歴史扱いされている。
3位 雪影村殺人事件
舞台設定が良い。寂れた港町という絶妙な閉塞感と、そんな町で幸福な青春を送った7人の高校生。物語はそんな仲良しグループの一人、葉多野春菜の自殺の報せから始まる。その真相もある人物に対する淡い恋心と春菜への嫉妬がちょっとした悪戯心を生んだ結果起きた悲劇である、という「
金田一」にしても異色の哀愁が漂っている。事件と並列して、少年少女たちが青春の思い出を胸に秘めながら各々の将来を見据えるというテーマが描かれているのも良い。最後のタイムカプセルのシーンはベスト3に入れてもいい名場面である。だから3位なのだけれど……。
2位 首吊り学園殺人事件
苛烈な受験教育、心を病む子ども、加速するいじめ。恐らく当時の世相を反映させたものであろう社会派なテーマが目立つ(この話が掲載されて30年近く経つが未だ解決しない問題でもある)。いじめによって恋人を失った犯人のストレートな復讐劇だが、いじめに手を染める子どもたちの内面や、いじめ被害者と犯人のロマンスを見ると、どうしてもその奥に競争主義にくたびれた現代人の影が見えてしまう。復讐はしかと遂行されたはずなのに、どこかスッキリとしないのである。
現代社会の根本の病理をうまく煮詰め物語化した傑作だと思う。また今回の評価軸ではないがトリックの出来も非常に良く、ファンの間で高く評価されている。
1位 飛騨からくり屋敷殺人事件
「犬神家」を彷彿とさせる舞台設定に、20年の時を経てすっかり変わってしまった幼馴染と、とにかく昏い雰囲気が魅力的。そんな中描かれるのが女の執念と母の狂愛というのだから、たまらんのです。
「あなたの知ってる『紫乃』はもうあなたの思い出の中にしかいないわ」
「ごめんなさいね?龍之介‥‥ なんにもしてあげられなくて‥‥‥‥」
金田一さん── この村は「獣の村」なんです。
自分のためなら他人をも喰い殺す 「獣」がいっぱい潜んでるんです…