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京大漫トロピーのブログです

【12/20】歌って 守って 歩いていく

やあやあみなさまこんばんは。漫トロピー4回生のだちと申します。

今年のテーマは「セイ。」です。句点が付くとなんか話し声って感じがしますね。なので自分は「声」で一本書いていきたいと思います。

声といえば自分は「歌声」が最初に出てきます。というのは高校時代合唱部だったからなのですが、「歌声」がテーマの作品として、『voiceful』を紹介します。

主人公はひきこもりの少女、かなえ。かなえの生きる支えになっているのは、インターネット上でのみ活動する「架空の歌姫」HINAの歌声。かなえはヒナの歌を「闇の中で輝く光」と感じ、ヒナの歌に勇気づけられて最近は少しずつ外へ出られるようになっています。
ある時、かなえは偶然にもヒナ本人と出会います。予想外の出来事に、かなえは意味不明なことを口走った上に自分のために買っていたいちご大福をヒナに渡して逃げ出してしまいます。
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この出会いがきっかけでかなえとヒナはメールでやりとりしたり、外で会ったりするようになります。

ここまでが全4話中の1話の話です。この作品は、「かなえが何を思ってヒナの歌を聴いているのか」「ヒナが何のために歌っているのか」が重要な要素として話が進むごとに明かされていきます。
例えば、1話では先に述べたエピソードの他に、かなえと出会ったヒナが活動のスタンスを少し変えていこうと考える姿が描かれます。

特に3話では、ヒナが活動を始めたきっかけが明かされます。ヒナには姉がおり、ヒナにとって姉は劣悪な家庭環境から自分を守ってくれる存在であり、ただ1つの居場所でした。その姉が死んだ日、自分の居場所を失って彷徨っていたところをヒナのアシスタントとなる「ひるちゃん」に拾われて歌うようになったのです。
そして、ヒナは「いなくなった姉に声を届けたい」という思いで歌っていたことが分かります。そして、ヒナがかなえに惹かれたのは、彼女の言葉に姉の面影を感じたからであることも分かります。
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その一方で、「歌に集中するから」とヒナに会えなくなったかなえは再びひきこもってしまいます。
そして最終話、ヒナはラジオ放送のゲストとして初めて人の目がある場所で歌うことになりますが、緊張で上手く声が出せません。
その時ヒナの目に入ったのは、駆けつけてきたかなえの姿です。かなえの姿を見てヒナは無事に歌うことができました。
その後、2人がお互いを大切な存在として認め合い、ヒナがさらに広い世界で活躍していこうとする姿、かなえもひきこもりの原因と向き合い、社会復帰する姿が描かれておしまいとなります。

ここで非常に上手いのが、かなえがひきこもりから社会へ出ていこうとするのと、ヒナが「姉のために歌う」から「私の歌を聴いてくれる人のために歌う」に歌う目的を変えていくのが重なっているところです。ヒナにとっての姉=唯一の居場所がかなえと重ねられることで、それを自然に表現しているわけですね。

また、かなえがひきこもっている原因は断片しか与えられませんが、こちらも家族に関係しており、「うちにはおかあさんなんかいないんだよ」というセリフも出てきます。それに、かなえのモノローグには「架空」「夢」という単語がたびたび登場します。
ですがかなえにはちゃんと(おそらく実の)母親がいます。少々抽象的になってしまいますが、こちらは「現実にはいるが、心の中にいない」という存在が問題となっており、ヒナの「現実にはいないが、心の中にいる」姉の存在と対比されています。

さて、最終的な2人の関係について考えてみましょう。ラジオ収録後のシーンで、かなえは、「わたしはヒナの闇にじぶんをみていた」「わたしはじぶんのことばっかり」とヒナへの羨望とも嫉妬とも執着ともとれる感情をぶつけてしまいます。
それをヒナは「わたしもだよ」と受け止め、「わたしのことすき?」と問いかけます。これは2話の「かなえはわたしの歌を好きでいてくれる?」というセリフと対応しており、歌声を通してでなく、直に相手を見るようになったことの表れです。
要するに、この時点で「現実にいて、心の中にもいる」大切な存在としてお互いを見ているという図式が完成するのです。
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長くなってしまいましたのでこれくらいにしておきますが、この『voiceful』にはここまで紹介した中編のほかにも、「ひるちゃん」視点の書き下ろしと、短編が2つ収録されております。どれも素晴らしい作品ですので是非読んでみてください。