mantrog

京大漫トロピーのブログです

ルーツレポ読め

 『ルーツレポ』について、お話します。


 その名の通り、ニコニコ動画出身の漫画家・ルーツによるレポ漫画。元ゲーム実況投稿者の彼は、Vtuber流行以前から自身を美少女に化けさせて日々の出来事を漫画にしていた*1。この美少女おっさんによるレポが抜群に面白いので、紹介しておきます。
 漫画のレビューはどんなにやってもやりすぎるということはない(KMGMNITDK)。みんなも気軽にmantrogで雑文を垂れ流そう。

 で、『ルーツレポ』の何がすごいか。ルーツが東京ドームへ野球観戦に行った回を例にとって紹介します。ねとらぼで無料で読めるから読んでホラ。
nlab.itmedia.co.jp


①どうでもいい情報をそのまま伝える
 冒頭、ルーツは入場前に隣の成城石井でビールとテング・ビーフジャーキーを買いに行ってます。そして入場早々にジャーキーに嚙り付くのですが、その感想が「かたい」。
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 …どうでもいいじゃん。なんのレポートだよって突っ込みたくなる。でもここがすごいのよ。普通なら描かないよね、野球観戦レポにスーパーでの買い物描写。ビーフジャーキー食べたとしても、塩気や旨味への言及が優先して、少なくとも「かたい」だけで完結はしないはず。でも、その情報を伝えないとリアルじゃない。ドーム入る前はやっぱり近くのスーパーで飲食物買って持ち込むし、たいていのドーム周辺にはそういう客を見越してスーパーが設置されてる*2ビーフジャーキー食った時、やっぱりまず「硬っ…」って感想がポロリとこぼれる。テレビの食レポとかだと、大抵はその「硬っ…」を見逃して、味覚と舌ざわりの情報に終始しちゃうけど、リアルなのは最初の「硬っ…」なのよ。
 ほとんどのレポートは読み手を配慮して情報を序列化、取捨選択して伝えようとするけど、『ルーツレポ』では、彼の感じたリアルな情報のみを残す。読者の欲しい説明を付け加えないし、ましてやそのために下調べなんてしない。分からないものに対して「分からね~」と言って、なぜか満足げにその場を後にする。恐ろしいよね。でも、リアルだからこそ恐ろしいんだよ。

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伊豆大島回より。お前が説明するんじゃないのかよ!

 野球観戦をしても、彼のレポには野球選手の姿はろくに映されない。打者のスイングではなく、「カキーン」という音と、ルーツの嬉し気な表情によってヒットが起きたことを表現する。そのヒットの直前に「…ここで点とったらおしっこ行こう」と言ってるのも、あるあるだけど、わざわざ描くものじゃないでしょ。でも、なんか覚えてたから描いちゃう。凄まじいよ。

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なお、まにあわんもよう

 情報を重要度で序列化、取捨選択をするって情報を伝えるときにみんな必ず行っていることで、漫画も、とくにレポ漫画なんかは情報を伝える側面が大きいと思うのよ。でも、そのせいでたいていのレポ漫画は画一化されちゃって、どこかつまらない。紋切型があるおかげで皆が描くようになって、いろいろな情報が共有されるのは素晴らしいけど、やっぱり漫画は情報伝達の手段にとどまらないので、退屈に感じてしまう。その退屈を打破したのが、この『ルーツレポ』だと思う。ルーツは『たのしいたのしいぼくらののみかい』や『ルーツビア』*3でも、酒の席での無秩序さをそのままリアルに表現していたけど、今回はそれがレポ漫画で行われたんだと思う。

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「のののの」より。話の進行とは関係ない雑談を同時並行で再現させる


②カラーとモノクロのスイッチ
 レポ漫画って見てきた情報を魅力的に伝えたいって思うから、景色とかカラーで描くことが多いと思う。でも、『ルーツレポ』は違う。着色されるのはルーツ本人と、彼と距離の近いモノ(ビールとか)やヒト(ビール注いでくれるお姉さんとか)に限定される。まあ例外もあるけどさ。この理由も、個人的には①のリアリティに関連すると思う。

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プレモルのCMっぽい
 『ルーツレポ』ってさ、はっきり言って「レポ」してないじゃん。レポ漫画の体裁を取ってるけど、情報の伝え方がレポートじゃない。むしろ、友達の話とか、ラジオで芸人が話すエピソード・トークに近いと思う*4。そして、こういう話を聞きながら、彼らの様子を頭の中で再現するときを思い出してみてほしい。たとえば友達が旅先でトラブルに巻き込まれた話を聞いたとき、僕たちの脳内では彼の慌てる姿は鮮明に再現されても、彼の周りの景色はぼやけて映されないだろうか。彼は今目の前にいる一方、彼が実際に見ている景色は直接知らないので、当然と言えば当然と言える。この情報の解像度の差を、カラーとモノクロで描き分けてるんじゃないか、と僕は思ってる。①でリアルに拠って描かれているといったが、ルーツはなんでもかんでも正確精細に描く「リアル」ではなく、彼の感じた解像度を含めての「リアル」を、配色の点で独特にデフォルメしながら再現しているんじゃないか。
 でも、ときどきルーツも景色をカラーで描くことがある。それは彼が風景に強く感動したときだ。たとえば首都圏外郭放水路の回では、地下トンネルに潜って目の当たりにした幻想的な景色を、1ページまるまる使ってカラーで描いている。その感動の後の感想が「まあまあおもしろかったな」というところも、またルーツらしいし、リアルだ。

ラーの鏡
 今までリアルリアルと繰り返したけど、この漫画にはクソデカいフェイクが横たわっていることを忘れてはいけない。そう、ルーツの外見だ。ルーツは30過ぎた妻子持ちのおっさんだ。決して美少女ではない。自分をツインテールの美少女(ルツインテ)だと思い込んでるだけだ。でも、これってフェイクとして問題視されるべきなんだろうか。少なくとも、ルーツをルツインテに置き換えられたところで、彼の感じたリアルは、揺らがずに伝わっているように僕には思える。
 そもそもルーツは「自分がツインテールのかわいい女の子」だと少しも思い込んでいない。だから、しいて言うなら題名はフェイクだ。おっさんの見てきたこと、感じたことをそのままリアルに漫画化したのが『ルーツレポ』だ。平気で小便器で立ちションするし、ビールだってがぶがぶ飲む。その姿を、ルツインテに置換しただけだ。そして、この置換も彼の主観的なリアルには何も影響しない。なぜなら、僕たちは普段自分の体を見ていない、意識していないからだ。僕だって自分が小汚い24歳、学生だと意識しながら生活なんかしていない。そして、ときどきその事実に気づいて、冷や水を浴びせられたように慌て戸惑うのだ。その憎き現実を直視させる代表格が、鏡だ。鏡を見たとき、人は自分の姿を見てハッとさせられる。ルーツとて例外ではない。美少女に化けて可愛くはしゃげども、鏡を見ればたちまち化けの皮は剥がされ30代男性が映される。読者はこれを「ラーの鏡」と呼ぶ。

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スキー場回の風呂場での1コマ。窓ガラスやスマホ画面が「鏡」になることも

 鏡を見るや否や、意識していなかった自分の姿をまざまざと、グロテスクに見せつけられる。これこそがリアルじゃないか。自分を美少女に化けさせたからこそ、再現できるリアルだ。凄まじいよ。
 鏡がないときに、化けの皮が剥がされることもある。興奮状態から醒める瞬間だ。要は賢者タイム競艇場の回で、賭けた船を応援し、その興奮がピークに達してルツインテがおっさんに戻るシーンがある。これは実はピークに達した瞬間に戻ったのではなく、ピークを過ぎるや否や冷静になってこれまでの自分の姿を意識する、そして少し気恥ずかしくなる、というそんな短い時間の流れを一コマに収めてるんじゃなかろうか。巧みだね。

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この瞬間だけは、取り繕いようのなく「競艇場によくいるおっさん」だったんだろうな
 また、そんな美少女になったり、ときどきにおっさんへ戻ったりするルーツの姿を、僕たちはなんとなく受け入れている。これは漫画表現の巧みさもあるけど、SNSとかの力も働いてるんじゃないかな。ツイッターのアイコンってあるじゃん。僕もそうだけど、オタクって美少女アイコン使ったりするよね。で、そのオタクが実際によく会う友達だとしても、そのツイートを見たとき、彼ら本人が喋っている姿を想像しないと思うんだよ。彼らとアカウントの使用者は間違いなく同一視して、アカウントでの発言の責任は本人にあると分かっているけど、画としてはアイコンの美少女が発言しているように見えちゃう。これは僕個人の感覚だけどさ。でも、これってかなり『ルーツレポ』の構造と似てるんじゃないかな。ルーツ本人の顔なんて検索すれば出てくるし、ラーの鏡で明かされもするけど、美少女のルツインテと同一だと認めちゃう。この認識の働き方は、なかなか現代的なものかもしれない。


 はい、そんなわけで『ルーツレポ』についてだらだら紹介しました。ちょっとでも興味が湧いたなら、無料だし読んでみて欲しい。そして面白いと思ったら、単行本が最近出たので買ってほしい。amazonのリンクもっかい貼っとくわ。おわり

*1:自分がツインテールのかわいい女の子だと思い込んで、今日の出来事を4コマにする。 / ルーツ - ニコニコ静画 (マンガ)

*2:要出典。でも先日BUMP OF CHICKENのライブを京セラドームへ観に行ったけど、やっぱりイオンがあった

*3:2017年漫トロランキング41位

*4:ルーツはくりぃむしちゅーやオードリーのANNリスナー