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京大漫トロピーのブログです

【12/14】I am but mad north-north-west.

 今年の漢字は「北」ですね。北欧からこんにちは。醤油です。
 北北西はスウェーデンにね、ドーンと行った次第です。

北北西に曇と往け 1巻 (ハルタコミックス)

北北西に曇と往け 1巻 (ハルタコミックス)

 この漫画の舞台はアイスランドだけどね。この「北北西」は、ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』をリスペクトしてるんでしょうが、さらに元を辿ればシェイクスピアの『ハムレット』の台詞に当たります。

 I am but mad north-north-west. When the wind is southerly, I know a hawk from a handsaw.
 (北北西の風ならまだしも、南風が吹いていれば俺はまともだ。鷹と鷺の区別がつくように、物事の分別は出来るつもりだ。)

 ハムレットが、己が偽りの狂気を装っていることを友人に告白する際の台詞です。鳥は風に乗って飛ぶものだから、南風が吹いていれば、我々は、北へ向かう鳥を太陽を背にして眺めることが出来ます。日光に目を眩まされることなく、飛ぶ姿をはっきりと見られる訳です。ところが、北北西の風が吹くとき、これはおもに朝方らしいのですが、ちょうど太陽に向かって鳥が飛ぶので、鷹か鷺かも分からなくなってしまう。周囲はハムレットが狂気に取りつかれたとばかり思っているが、実際は逆なんだぞ、と風向きに喩えて説明した台詞なのです。
 ちなみに、ハムレットの舞台はデンマーク。まあ、スウェーデンと大して変わらんやろ。舞台になった城も、17世紀にスウェーデン王が落としたらしいし。

 今年のテーマは「夜」ですが、『十二夜』や『真夏の夜の夢』を書いたシェイクスピアを題材にした、今年刊行の漫画を2つ紹介します。

『お気楽シェイクスピアの二日酔い劇場』

 『あそびあそばせ』や『りとる・けいおす』の涼川りんが、別名義で送る8コマ漫画。嘘と誇張と少しの史実で、稀代の文豪を茶化します。文豪つながりで、コナン・ドイルが3世紀もの時を跨いで友情出演しています。
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シェイクスピア(1564-1616)とドイル(1859-1930)、夢の共演

 感想としては、それなりに面白いけど、上記涼川りん作品には見劣りしますね。ただ、権威あるものを虚仮にするのは古典的な笑いの一つだし、大事な姿勢だと思います。盲目的に「文学」を有り難がっちゃうのは……やめようね! 現在の文学、つまり英文学を主流としたそれは、本来は中産階級が労働者を効率よく指導するために成立した、低級で新参の科目なんだってアーノルドが言ってた、ってイーグルトンが言ってた。TDN教授も言ってた。あ、これも権威主義的やね。それでもシェイクスピアぐらいは読んでも、或は観ても損はないかもね。さもないと、小学生にマウンティングされちゃうよ。

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少年少女による四大悲劇マウンティング



 さて、もう一作。こっちは真面目です。
『7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT』


 『BECK』や『ゴリラ―マン』のハロルド作石の最新作。2011年にビッグコミックスピリッツで第一部が完結、そして今年、講談社に移籍して再開。
 シェイクスピアは謎というか不明な点が多い人物で、「お気楽~」でもよくネタにされています。

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長期の失踪、低学歴、年増女との出来婚などなど。


 『7人のシェイクスピア』は、その謎に対して意外な答えを提示します。なんと、シェイクスピアの正体は、7人組のプロダクションだったのだ!
 ……タイトルそのままですね。しかし、失踪の理由は、彼が敬虔なカトリック教徒で国教会の弾圧から身を隠していたから。低学歴なのに高等な劇を作れたのは、プロダクションに才知あるカトリック神父がいたから。年増女と子供は、プロダクションのメンバーの身分を隠すためだった、とそれぞれ面白く理屈がついてしまうのです。話運びも上手いし、時代描写も丁寧で楽しく読めます。
 シェイクスピア・プロのイカれたメンバーを紹介しましょう。まずは、野望に満ちた主人公であるランス・カーター。本名はウィリアム・シェイクスピア。片田舎に生まれた学のない青年ですが、国教会の弾圧に復讐心を燃やし、地位と名誉と自由を得るべく劇作家を目指します。劇作家になることは、エリザベス朝時代における、数少ない立身出世の手段だったのです。そして、ランスの親友で、商才溢れる青年のワース、中国出身の少女で、詩の天才であるリー、教養豊かなカトリック神父のミル、本の行商人で、深い学識を持つトマス、作曲と演奏に優れたアンと、その息子で、まだ幼いながら物語の構成に長けたケインの6人が、ランスの下に集まります。最後の2人が、年増女とその子供ですね。
 物語を発表するのはランス(シェイクスピア)ですが、彼の仕事は監督に近かったという訳です。ほかの6人がそれぞれの役割で才能を発揮し、それを彼がひとまとめにする。1+6という構図も相まって、シェイクスピアポケモントレーナーに見えてきました。目指せ、戯曲マスター。歴史学的な説得力の程度は知りませんが、大胆で奇抜な発想には心が躍りますし、少なくとも、物語としての説得力は十分にあります。
 また、成功を掴む物語である以上、やはりライバルは不可欠です。シェイクスピアの『ヴェニスの商人』に影響を及ぼした『マルタ島ユダヤ人』、その作者であるクリストファー・マーロウが、本作での宿敵です。彼は当時の大人気作家で、英国政府のスパイでもあり、ついでにケンブリッジ大学卒のエリートでした。駆け出しの劇作家で、カトリック教徒で、低学歴のシェイクスピアにとっては、あらゆる点で立ち塞がる脅威なのです。マーロウも、失踪や暗殺など、多くの謎に包まれた人物なので、今作で大胆に描かれることを期待しましょう。
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左は「7人」でのシェイクスピアとマーロウ、右は「お気楽」での二人

 この「NON SANZ DROICT」は第二部に当たります。第一部では、シェイクスピアの失踪期間が描かれていますが、読まなくても問題ないように作者も工夫しているそうです。僕自身も、第一部は6年前に雑誌で読んだきりで、あまり内容を覚えていません。

 ……なんかもう疲れてきちゃった。本当は例年通り、父娘漫画の話でも書きたかったんだけど、漫画を読む余裕がなかったんだ。この記事も、退屈だったら御免ね。北北西の長い夜のせいで、気が弱っているんだよ。狂いそうだ。I am but mad north-north-west. 帰国して、暖かい南風に当たれば少しはマシになるかもね。醤油でした。