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mantrog

京大漫トロピーのブログです

【12/7】戸川賢二の「キッス」、宗教

ともおです。

幸せになりたいっていう感覚はようわからんですわ。素朴なアレでアレだけど、幸せってのは相対的で、感情の極大値を越えた一瞬後に、過去として、ぼやぼや感じることなのかなと思う。
キメよっ!

ZUN「僕はいい宗教作ったな」。*1


小林とBEATLES」の戸川賢二については秋会誌の個人でも書いたが再び取り上げる。

コミティアに今年から参加し始めたらしい作家で、日常の閉塞感やその世界の狭さを叙情的に描く。山本直樹の影響も強い。
2015春のコミティアで発表された「キッス」に今回は触れる。28頁。今年のアドベントカレンダーのテーマ「宗教」にも添う。以下筆者によるあらすじ:

女学生・高田が病院で死ぬ。同級生の市原は死の現場に立ち会い、最後に高田の家に行ったことを回想する。高田は金髪になり、ピアス孔を開け、煙草を吸う典型的な不登校の不良になっていた。大量発生し始めた緑の虫、高田母の唱える念仏のようなもの、ワイドショー、そしてキスの話題。母親の「施設」で行われた葬儀の中で、市原の唇に例の虫が......


1.高田の死と残された者の感情
2.高田のキスと虫
3.宗教


1.高田の死と残された者の感情

高田は冒頭、病院のベッドで死ぬ。実は高田の死因は明らかにされない。

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とあるから、おおよそ自殺未遂、あるいはドラッグかなにかというところだろうか。「さっき高田が死んだ/医者がそう言ったからそう思っただけだ」というモノローグが挟まれ、医者も「5時...45分くらいですかねぇ」と適当である。高田の死を看取った市原は、つい「おい」と声をかけ、高田の声を聞く。

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虫を気にする高田、を見てしまう市原。市原は他人の言う死のタイミングを理解していないようにも見える。母親は「娘はもう死んでいます」「虫がなんです!!!」と取り乱す。医師もナースも母親も、高田を早く葬ろうとする。死は生者が決定するもの、ということの的確な表現。


2高田のキスと虫

「キッス」の日常ではとある虫が大量発生し始めている。市原が高田の家を訪れた際、市原は何のためらいもなく殺虫スプレーを使ってその虫を殺す。高田はそれに嫌そうな対応を返し、ティッシュにくるんでトイレに流す。市原は高田に「虫好き」というイメージを持ち、それは高田の死に際のシーンにも投影されることになる。
題にもなっている「キッス」について。高田はスプレーでなかなか死なない虫から、ふと自らの空疎なセックスの記憶を思いだし、「市原はキスってしたことある?」と聞く。このコマの挿入は不安になるほどさりげない。
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そして市原の唇に虫がとまり、この接吻は信者のおばさんに引き離され傷になる——という特異なラストシーン。これは何か。
市原にとって、虫は高田の「好きなもの」であった(もちろん、これは、「市原が高田をそう読んだ」ということにすぎないが)。市原のモノローグからは「この虫は高田(の使い)じゃないか」という考えに誘惑されているらしいことが伺える。

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高田はその初めての接吻を受けとる。が、その直後、当然のように、そばにいた信者のおばさんに引きはがされ、虫は踏みつぶされてしまう。最終頁の冷静な市原のモノローグはこの漫画の眼目だろう。


3.宗教

25頁、
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上から下へと読み進めるコマに逆行して、カメラは足下から表情へと移っていく。その中で、非常に真っ当な、(無)宗教観が叩き付けられる。そしてその当たり前のままで、市原は"方角"を探しつつ祈る。戸惑いながらも祈る主体が丁寧に提示されていることは重要だ。俯瞰のショットが市原の不安を支えるかのように描かれる。

以下は筆者の主観だけれども、とくに一般紙上では信心深い主体像、宗教的な主体像、が選ばれていないと思う。代わりに提示されるのは、新興宗教に嵌ってしまった親を、優位から客観視する「私」——オウムとかとかの後で、世代にしっくりと定着し過ぎてしまったこの図式*2——である。宮崎夏次系『夕方までに帰るよ』はとても好きな作品だが、その構図を更新してくれることはなかった。当時サイコーにカッコよかったであろう「宗教 宗教 足りない頭を癒してもらってる」(1995,忌野清志郎)*3から20年が経って、そろそろ、宗教を遠ざけるのみの表象を乗り越えたいではないか。

(ともお)